岡澤セオン 実家の父や戦績、生年月日や身長などWikiを紹介【画像】

ボクシングで東京オリンピックに出場が決まった岡澤セオン選手が話題になってますね!

階級はウエルター級。世界でも層の厚い階級として、世界中にゴロゴロと強豪がひしめいていると言われています。

そんな階級でメダルを狙う岡澤セオン。もう本番の「東京オリンピック」も間近に迫ってきています。ロンドンオリンピックのミドル級で世界を制した村田諒太以来の快挙が達成されるか今もっとも注目されている選手の1人が岡澤セオン選手です。

今回は岡澤セオン選手の戦績や実家、身長、ハーフの話題などWiki風プロフィールを中心にお伝えしていきたいと思います。

岡澤セオン 実家の父や生年月日、身長、ハーフなどWiki風プロフィール!

アマチュアボクシングの岡澤セオン選手ですが、生年月日は1995年12月21日生まれで現在(2021年3月)、年齢は25歳になります。出身地は山形県山形市。

岡澤セオン
<引用元>daily.co.jp

ボクシング選手の25歳と言えば決して若い年齢ではなくベテランの域に達していると言ってもおかしくはありませんが、思い出すとロンドンオリンピックの時の村田諒太も当時の年齢は25歳でした。

そして34歳となる現在もプロボクシングの世界で王者として君臨しているわけですから、岡澤セオンも年齢うんぬんは関係ありません。

さて岡澤セオン選手の身長は179㎝。体重ですが、ボクシングの階級がウエルター級なので64㎏~69㎏になりますね。

本名は岡澤 セオンレッツクインシーメンサ」とずいぶん長い名前です(汗)。「セオン」と言う名前は父が付けたそうで、その名前の由来は、

「セオン」という名はエジプト神話の神セトに由来する。セトは「偉大なる強さ」を持つと伝えられてきた。

そうなんです。父の願い通り「偉大なる強さ」に一歩一歩進んでいっているのではないでしょうか。

さて、名前を見て&聞いてわかる通り、ハーフなんですね。母親は日本人ですが、父はガーナ人です。

幼い頃からスポーツマンだった岡澤セオン選手は、小学校と中学でレスリングに夢中になります。
特に小学校1年生で始めたレスリングは実績を残すのが早く「宮城ジュニアレスリングフェスティバル」と言う大会では小学校1年・2年生の「26㎏級」でいきなりの優勝を果たします。

そんな感じで順風満帆だったレスリング生活。結局中学卒業時まで9年間に渡ってマットの上で戦いを続けてきました。

中学卒業後ももちろんレスリングを続けていく予定でしたが、進学した日大山形高校ではレスリング部がなかったのです。

仕方なく?選ぼうとした部活が陸上かラグビーでした。実は岡澤セオン選手は足もかなり速く、中学時代は山形市中学校駅伝競走大会」に出場した事もあるくらい実力を持っていました。

まあ足が速くて体も大きく頑丈でしたら陸上もラグビーもどちらもピッタリですよね。しかし。。不良っぽく派手な時計を付けた先輩にほぼ強制的にボクシング部に入部させられたそうです。

岡澤セオン ボクシングの戦績や東京オリンピックについて

さて、自分の意志とは違う?ボクシング部に入り、真面目に練習に打ち込めたのでしょうか?そしてボクシングには向いていたのか?

岡澤セオン 写真
<引用元>efight.jp

ボクシングの世界で実績を残すまで、あまり時間を要する事はありませんでした。高校2年生の17歳の時には、階級はライト級で山形県高等学校総合体育大会」で見事に優勝に輝きます。

その後、インターハイで5位の好成績を残したのでした。ボクシングで快進撃できたのは、実は以前やっていたレスリングの経験が生きたようですね。

レスリングをやっていた時の間合いの取り方などはボクシングに通じるものがあったのです。

高校を卒業し、鳴り物入りで入った大学が「中央大学」。この時は実家を離れてボクシングに専念します。

真面目に練習を続けていた岡澤セオン選手は、大学一年生の時から国体や全日本選手権に出場し、特に国体では3位に入る健闘を見せます。

また4年生の時の国体では準優勝の活躍ぶりを見せました。大会ではトップに立つことはできなかったのですが、力を着実につけていったのは確か。大学を卒業してからが本領発揮となりました。

と言っても本当は大学を卒業したらボクシングを辞めようと考えていたらしく一度は就職先の内定をもらっていたのですね。もしかして実家の父や母から将来の安定を求められ、辞める決意をしていたのかも知れません。

しかし根っからのスポーツマンでボクシングに夢中になっていた岡澤セオン選手。このままでは終われません。就職を辞め、やはりボクシングに専念する事になったのです。

「鹿児島県体育協会」に加入した岡澤セオン選手は、2018年に開催された「全日本選手権」で初めて優勝を飾り、翌年にはウエルター級に階級を上げ、アジア選手権に出場します。

この大会で日本人としては36年ぶりとなるこの階級での「銀メダル」を獲得。そして勢いに乗る岡澤セオン選手は、世界選手権にも出場しますが、ベスト8で惜しくも敗れメダル獲得には至りませんでした。

そしてオリンピックを決める「アジアオセアニア大陸予選」で勝利し、見事に東京オリンピックの切符を掴んだのでした。

ここまでの戦績は92戦70勝(7KO)20敗。勝利数からしたらKO率がかなり低く感じますが、アマチュアボクシングは豪快に倒す!。。と言うよりかはポイント勝負すると言うイメージが強くある意味賢い戦い方なのかも知れません。

岡澤セオンがプロのアマに!?

岡澤セオンが「プロのアマチュアボクサー」になった事がニュースで報じられました。ん?どういう事?と思われる方は多いですよね!

以前から岡澤セオン選手は

「スポンサーをつけて、その収入のみでボクシングをしていく」

と宣言していたわけですが、実はその所属先が「INSPA」に決まりました。この会社はフィットネスクラブなどを経営している会社なのですが良いスポンサーが見つかって良かったですよね!

これで大好きなボクシングに専念しながら東京オリンピックに挑戦できる事になりました。モチベーションアップを図り、東京オリンピックでは快進撃に期待ですね。

岡澤セオンに結婚する彼女はいる?

さて、これもまた気になる話題の一つなのですが、岡澤セオン選手に結婚を考えてる彼女はいるのでしょうか?

ボクシングは特に過酷な減量があるので栄養バランスを考えた食事はとても大事になってきます。なので彼女や嫁さんの存在はとても大事になってくると考えます。

しかし過去から現在まで岡澤セオン選手に彼女がいると言った情報は入ってきていません。。まあいたとしても非公開にしている可能性は高いと思いますけどね。

まあとにかく今はボクシングが「彼女」かもしれないですね。今後、何か情報が入りましたらこのブログで報告しますね。

岡澤セオン まとめ

プロボクシングでは軽量級を中心ではありますが、日本人ボクサーは本当に強いボクサーが多いです。一方のアマチュアボクシングでは日本人がなかなか世界のトップを獲ると言う偉業は難しい感じですね。

この東京オリンピックでは村田諒太選手以来の快挙を期待したいと思います。