男子バレーボール界で注目を集める髙橋塁選手。
サントリーサンバーズ大阪のアウトサイドヒッターとしてプレーし、日本代表として活躍する髙橋藍選手の実兄としても知られています。
弟の藍選手とは幼い頃から一緒にバレーボールに打ち込み、中学、高校と同じチームでプレー。
そして現在はサントリーサンバーズ大阪で、再び兄弟そろって同じユニフォームを着ています。
整った顔立ちから「イケメン兄弟」と注目されることもありますが、髙橋塁選手自身も東山高校、日本大学という強豪校を歩み、全日本インカレ3位などの実績を残してきた実力者です。
2026年9月には男子アジア選手権の日本対オマーン戦で解説を担当。
現役SVリーガーならではの視点を生かし、コート外にも活躍の場を広げています。
そんな髙橋塁選手について調べてみると、
「兄弟構成はどうなっているの?」
「父親と母親はどんな人?」
「ハーフって本当?」
「大学はどこ?」
「身長は何センチ?」
など、家族やプロフィールについて気になっている人が多いようです。
そこで今回は、髙橋塁選手の身長や大学などのプロフィールから、弟・髙橋藍選手や妹、父親・母親との関係、さらにサントリーサンバーズ大阪入団までの歩みを詳しくご紹介します。
髙橋塁のプロフィール!生年月日・出身・身長・血液型を紹介
まずは髙橋塁選手の基本プロフィールから見ていきましょう。
- 名前:髙橋 塁(たかはし るい)
- 生年月日:2000年1月14日
- 年齢:26歳(2026年9月現在)
- 出身地:京都府京都市
- 身長:185cm
- 体重:82kg
- 血液型:A型
- ポジション:アウトサイドヒッター
- 最高到達点:330cm
- 背番号:21
- ニックネーム:るい
- 出身高校:東山高校
- 出身大学:日本大学
- 所属:サントリーサンバーズ大阪
サントリーサンバーズ大阪の公式プロフィールでは、身長185cm、体重82kg、最高到達点330cmと掲載されています。
過去のプロフィールなどでは186cm、最高到達点335cmと紹介されるケースもありますが、この記事では現在の所属チームが公表している最新データに合わせました。
髙橋塁選手は弟・藍選手ほど日本代表での露出が多い選手ではありません。
しかし学生時代から強豪校でプレーを続け、日本大学では全日本インカレ3位に貢献。
現在は国内最高峰のSVリーグでプレーしています。
兄弟そろって同じチームに所属していることもあり、最近になって髙橋塁選手を知ったという方も多いのではないでしょうか。
髙橋塁がバレーボールを始めたきっかけは栗原恵
髙橋塁選手がバレーボールを始めたきっかけには、元女子日本代表の栗原恵さんが大きく関係しています。
サントリーサンバーズ大阪の公式プロフィールでも、
「テレビで全日本女子バレー栗原恵さんを見てバレーをやりたいと思った」
と紹介されています。
髙橋選手がバレーボールを始めたのは8歳頃。
テレビの中で活躍するトップ選手に憧れ、自分もバレーボールをやってみたいと思ったことが始まりでした。
子どもの頃にテレビで見た選手に憧れて始めたスポーツで、その後プロ選手にまでなる。
言葉にすると簡単ですが、実際には長い年月の練習や努力が必要です。
しかも髙橋塁選手の場合、自分が始めたバレーボールが弟・藍選手の人生にも大きな影響を与えることになりました。
兄がバレーボールを始め、その姿を見た弟も同じ競技を始める。
ここから現在の「髙橋兄弟」の物語が始まったのですね。
髙橋塁はハーフ?母親のルーツから見るとクォーター
髙橋塁選手について検索すると、「ハーフ」という言葉を目にすることがあります。
彫りの深い顔立ちから「外国の血が入っているのでは?」と思った人もいるのでしょう。
家族について紹介した複数のメディアでは、母・小百合さんが日本とアメリカにルーツを持つと紹介されています。
この家族関係に基づけば、髙橋塁選手と弟・藍選手は、一般的な表現では「クォーター」ということになります。
また母方にはイギリスやドイツのルーツもあると紹介されることがあります。
ただし、こうした詳しい家系についてはサントリーの選手公式プロフィールなどで詳細に説明されている情報ではありません。
そのため、
「髙橋塁選手はハーフではなく、母方から海外のルーツを受け継いでいると紹介されている」
程度に捉えておくのがよさそうです。
顔立ちが注目されることの多い髙橋兄弟ですが、兄弟で比べてみると雰囲気も少し違いますよね。
弟の藍選手は華やかな印象があり、兄の塁選手は落ち着いた雰囲気。
同じ家族でも、それぞれ違った魅力を持っているところが面白いですね。
髙橋塁は3人兄弟の長男!弟は日本代表の髙橋藍
髙橋家は3人きょうだいです。
長男が髙橋塁選手。
次男が髙橋藍選手。
そして妹の莉々さんがいます。
なかでも有名なのは、やはり弟の髙橋藍選手でしょう。
藍選手は2001年9月2日生まれ。
サントリーサンバーズ大阪の公式プロフィールでは身長188cm、体重83kg、最高到達点345cm。
2019年から日本代表に選ばれ、東京オリンピック、パリオリンピックではともにベスト8を経験しています。
現在は兄の塁選手と同じサントリーサンバーズ大阪に所属しています。
つまり2026年現在、
兄・髙橋塁選手と弟・髙橋藍選手はプロの同じチームでプレーしている兄弟
なのです。
幼い頃から一緒にボールを追いかけてきた兄弟が、大人になって国内トップリーグの同じコートに立つ。
家族にとっても、これは特別な光景なのではないでしょうか。
弟・髙橋藍がバレーを始めたきっかけは兄・塁だった
そして髙橋藍選手がバレーボールを始めたきっかけこそ、兄の塁選手でした。
サントリーサンバーズ大阪の藍選手の公式プロフィールにも、バレーを始めたきっかけとして、
「兄がしていたから」
とはっきり記載されています。
塁選手が先にバレーボールを始め、その姿を見た藍選手も小学2年生頃から同じ競技へ。
つまり、もし塁選手が栗原恵さんをテレビで見てバレーボールに興味を持っていなかったら、現在の日本代表・髙橋藍選手も誕生していなかったかもしれません。
もちろん実際には別のきっかけで始めていた可能性もありますが、兄の存在が大きかったことは間違いないでしょう。
こう考えると、髙橋塁選手は弟のバレーボール人生にとって最初の道しるべだったのかもしれませんね。
中学時代は兄・塁がエース、弟・藍はリベロ
髙橋兄弟は中学時代にも同じチームでプレーしています。
当時は兄の塁選手が3年生、弟の藍選手が1年生。
現在の藍選手といえばアウトサイドヒッターとして豪快なスパイクを打つ姿が印象的ですが、中学入学当時はまだ体が小さく、リベロを務めていました。
一方、兄の塁選手はエースとしてチームを引っ張る存在。
つまり当時は、
兄が攻撃、弟が守備。
現在とは少し違った形で兄弟が同じコートに立っていたのです。
その後、兄が卒業すると藍選手はアタッカーとして成長。
高校時代には全国制覇を経験し、日本代表へと駆け上がっていきました。
弟の成長を一番近くで見てきた人物の一人が、兄の塁選手だったのでしょう。
東山高校でも髙橋藍と兄弟でプレー
中学卒業後、髙橋塁選手は京都の名門・東山高校へ進学しました。
弟の藍選手も後を追うように東山高校へ進学。
塁選手が高校3年生、藍選手が高校1年生の時には、兄弟が対角を組んでプレーしています。
髙橋塁選手は高校時代、2017年のインターハイで3位。
サントリー公式プロフィールにも「インターハイ3位(2017年)」が主な経歴として掲載されています。
さらに2018年には国体3位、高校選抜にも選ばれました。
一方で春高バレーでは、当時の京都には洛南高校という強豪が立ちはだかっていました。
髙橋塁選手の高校時代は全国大会出場を目指しながら、京都予選で悔しい思いを経験した時期でもあります。
弟・藍選手はその後、東山高校3年時に春高バレーで全国優勝。
兄が届かなかった舞台で弟が頂点に立ちました。
兄としては悔しさもあったかもしれません。
それでも弟の活躍を喜び、応援する姿が見られたところに、髙橋兄弟の仲の良さを感じます。
妹・莉々さんもバレーボール経験者
髙橋家には、塁選手と藍選手の下に妹の莉々さんがいます。
莉々さんも学生時代にバレーボールを経験していたと紹介されています。
兄2人のようにプロバレーボール選手になったわけではありませんが、3人きょうだい全員がバレーボールに親しんで育ったことになります。
兄がプロ選手。
もう一人の兄が日本代表。
そんな家庭で育つというのは、なかなか想像できませんね。
一方で妹の莉々さんは一般の方です。
現在の進路や職業などについてはネット上にさまざまな情報がありますが、確実に確認できないプライベートな情報については、この記事では深く踏み込まないことにします。
兄弟のSNSなどからも仲の良さがうかがえ、髙橋家は大人になってからも交流のあるきょうだいのようです。
父・政次さんは野球経験者!子どもたちの名前にも野球が関係?
髙橋塁選手と髙橋藍選手はバレーボール選手ですが、父・政次さんは野球に親しんできた人物として紹介されています。
そして面白いのが、子どもたちの名前です。
長男は「塁」。
次男は「藍(らん)」。
妹は「莉々(りり)」。
これらの名前には、野球にまつわる言葉が関係していると広く紹介されています。
塁選手の「塁」は野球の「塁」。
藍選手の「らん」は「ホームラン」。
そして莉々さんの「りり」は「リリーフ」。
父親の野球好きが感じられる、とてもユニークな名前ですよね。
特に「塁」は野球とのつながりが分かりやすい名前です。
ところが子どもたちは野球ではなくバレーボールへ。
しかも長男と次男はそろって国内最高峰のリーグでプレーする選手になりました。
お父さんも、ここまでの未来は想像していなかったのではないでしょうか。
父・政次さんは高校球児として活躍していた?
父・政次さんについては、高校時代に野球選手として活躍し、エースで4番を務めたとする記事もあります。
さらにプロ野球のスカウトが視察したというエピソードもネット上では紹介されています。
ただし、このあたりはサントリーや競技団体などの公式プロフィールで確認できる情報ではありません。
そのため「プロ入り目前だった」といった形で断定するのは避けた方がよさそうです。
確実に言えるのは、父親が野球に親しみ、その影響が子どもたちの名前にも表れているということ。
競技こそ違いますが、スポーツを楽しむ家庭環境が塁選手や藍選手にも少なからず影響していたのかもしれません。
母・小百合さんは3人の子どもを支えてきた存在
母親は小百合さんです。
髙橋兄弟がここまで成長する過程では、当然ながら家族のサポートも欠かせなかったでしょう。
塁選手、藍選手、莉々さんという3人の子どもを育てながら、それぞれのスポーツ活動を支える。
特に兄弟2人が本格的にバレーボールへ取り組むようになれば、練習や試合、遠征など家族側の負担も決して小さくなかったはずです。
トップアスリートの記事では本人の成績ばかりに目が行きがちですが、小学生や中学生の頃から競技を続けるには、送迎や食事、生活面など家族の支えが必要になります。
兄弟そろってプロの世界まで進んだことを考えると、ご両親が長い年月にわたって二人を支えてきたことが想像できますね。
髙橋塁の大学は日本大学!1年生からレギュラーで活躍
東山高校卒業後、髙橋塁選手が進学したのは日本大学です。
大学でもバレーボールを続け、1年生からレギュラーとして活躍しました。
そして大きな結果を残したのが大学3年時。
全日本インカレで日本大学は3位に入りました。
これは日本大学にとって実に45年ぶりとなる全日本インカレ3位という快挙でした。
サントリー公式プロフィールにも、
全日本インカレ3位(2020年)
と記載されています。
しかもこの大会では、弟・藍選手が所属する日本体育大学との兄弟対決も実現しました。
中学、高校では同じユニフォームを着ていた兄弟が、大学では別々のチームに所属して対戦する。
そして現在は再びサントリーでチームメイト。
こうして二人の経歴を時系列で見ていくと、本当にドラマがありますね。
大学4年時には主将に就任するも腰のケガに苦しむ
大学4年生になると、髙橋塁選手は日本大学の主将を任されました。

しかし順風満帆だったわけではありません。
大学生活の終盤には腰を痛め、思うようにプレーできない時期を経験しています。
最後の全日本インカレでは選手としてコートに立つことが難しくなり、チームを裏方から支える立場も経験しました。
前年に45年ぶりの3位という結果を残し、主将として迎えた大学最後のシーズン。
本人としては、当然コートで戦いたかったはずです。
スポーツ選手にとってケガは本当につらいものですよね。
努力してきても、自分の意思だけではどうにもならない。
しかし、この経験が後のプロ生活にもつながっていきます。
2022年サントリーサンバーズに入団
2021年10月、髙橋塁選手のサントリーサンバーズ入団内定が発表されました。
大学卒業後の2022年に正式加入。
ただし大学時代からのケガの影響もあり、入団直後から順調に試合へ出場できたわけではありません。
公式戦で本格的にコートへ立つまでには時間がかかりました。
そして2023-24シーズンにVリーグデビュー。
出場機会は限られながらも、試合終盤に流れを変えるサーバーとしてチームに貢献していきます。
サントリー公式プロフィールでも、現在「注目してほしいプレー」として、
「勝負どころでのサーブ」
を挙げています。
試合終盤、たった1本のサーブで流れを変える。
ピンチサーバーには短い出場時間の中で結果を求められる独特のプレッシャーがあります。
華やかなスパイクだけではなく、こうした役割でチームを支えられるのも髙橋塁選手の強みですね。
2024年から弟・藍とサントリーで再びチームメイトに
そして2024年、大きな出来事がありました。
イタリアでプレーしていた弟・髙橋藍選手がサントリーサンバーズ大阪へ加入。
兄弟は高校時代以来、再び同じチームでプレーすることになりました。
兄は背番号21。
弟は背番号12。
子どもの頃から一緒にバレーボールをしてきた兄弟が、国内最高峰の舞台で同じユニフォームを着る。
ファンにとってもうれしい出来事だったのではないでしょうか。
ただしプロの世界では「兄弟だから」という理由だけでコートに立てるわけではありません。
それぞれが一人のプロ選手として競争し、チームへの貢献を求められます。
そこが学生時代との大きな違いでしょう。
兄弟であり、チームメイトであり、ときには同じポ




