2026年10月8日、バレーボール男子日本代表のセッター・永露元稀(えいろ もとき)選手が、自身のInstagramで結婚を発表しました。
「このたび入籍いたしましたことをご報告させていただきます」という言葉とともに、ドレス姿のお相手との2ショット写真も公開。さらに、これからは家庭を大切にしながら、競技にも一層励んでいくという決意を伝えています。
192センチの長身を誇り、日本代表としても活躍する永露選手。突然のうれしい報告に、驚いたファンも多かったのではないでしょうか。
そして永露選手といえば、整った顔立ちや「永露」という珍しい苗字から、「ハーフなの?」「両親はどんな人?」と気になっている方もいるようです。
確かに、初めて名前を見たときには、その読み方も含めて印象に残りますよね。
今回は、永露元稀選手のハーフ説をはじめ、出身地や父親・母親、兄弟などの家族構成、春日北中学校・東福岡高校・東海大学での経歴、そして2026年10月8日に発表された結婚について詳しく調べてみました。
永露元稀はハーフ?珍しい苗字や両親のルーツを調査!
永露元稀がハーフと噂される理由とは?
永露元稀選手について検索すると、「ハーフ」という言葉が気になる方もいるようです。
結論からお伝えすると、永露選手がハーフであると確認できる公式情報は見つかっていません。
所属チームや日本代表のプロフィールでは、出身地が福岡県と紹介されていますが、父親・母親の国籍やルーツについて詳しく説明された情報は確認できませんでした。
そのため、「ハーフである」とも「ハーフではない」とも断定することはできません。
では、なぜこのような噂が出ているのでしょうか。
理由として考えられるのが、まず「永露」という珍しい苗字です。
読み方は「えいろ」。普段あまり見かけない名字なので、初めて聞いた方が外国に由来する名前なのではないかと想像することもあるのかもしれません。
しかし、永露は日本国内で使われている名字であり、名字の珍しさだけで外国にルーツがあるとは判断できません。
さらに、192センチという高身長や、すっきりとした顔立ちも、こうした噂につながっている可能性があります。
一部では韓国とのハーフではないかといった推測も見られますが、裏付けとなる本人の発言や公式発表は確認できていません。
個人的には、見た目や名前からさまざまな想像が広がるほど、永露選手が多くの人の印象に残る存在なのだと感じます。
ただし、外見から国籍や家族のルーツを決めつけることはできません。
現時点では、ハーフ説は確認されていない噂として受け止めるのがよさそうです。
永露元稀の出身地は福岡県春日市!
永露元稀選手の出身地は、福岡県春日市です。
春日市は福岡市に隣接する地域で、永露選手は地元で少年時代を過ごし、バレーボールの基礎を身につけていきました。
小学校時代から競技を始め、中学校では福岡県選抜に選ばれるまでに成長。その後は全国的な強豪校である東福岡高校へ進学しています。
福岡県といえば、東福岡高校をはじめ、全国大会で活躍するバレーボールの強豪チームがある地域でもあります。
そんな環境で育ち、地元から全国、そして日本代表へとステップアップしていった永露選手。
出身地を知ると、日本代表として活躍する現在の姿が、地元で積み重ねてきた努力の延長線上にあることが伝わってきますね。
永露元稀の家族構成は?父親・母親や兄弟を調査!
永露元稀は5人家族?兄と弟がいるという情報も
永露元稀選手の家族構成については、父親・母親・兄・本人・弟という5人家族だと紹介している情報があります。
この情報によれば、永露選手は男3人兄弟の真ん中として育ったことになります。
ただし、所属チームや日本バレーボール協会などの公式プロフィールでは、兄弟の人数や家族構成について詳しく紹介されていません。
そのため、5人家族という情報については、現時点では公式に確認されたものではない点に注意が必要です。
もし男3人兄弟であれば、子どものころはにぎやかな家庭だったのかもしれませんね。
スポーツが好きな兄弟が集まれば、家の中でも何かと競争になりそうです。
もっとも、お兄さんや弟さんが実際にバレーボールをしていたのか、どのような仕事に就いているのかについても、確かな情報は見つかっていません。
今後、永露選手本人がインタビューなどで家族との思い出を語ってくれる機会があれば、さらに詳しいことが分かるかもしれません。
永露元稀の父親の職業や身長は?
永露元稀選手の父親についても調べてみました。
しかし、父親の名前や年齢、職業、身長などについて、信頼できる公表情報は確認できませんでした。
永露選手は192センチという長身の持ち主ですから、「お父さんも背が高いのかな?」と気になる方もいるでしょう。
確かに、身長には遺伝的な要因も関係するとされています。
ただし、父親の身長が公表されていない以上、永露選手と同じように高身長だと決めつけることはできません。
また、父親がバレーボール経験者だったという情報も確認できませんでした。
永露選手がバレーボールを始めたきっかけは、父親の勧めではなく、いとこから誘われたことだったと紹介されています。
そこから日本代表にまで成長したことを考えると、本人の努力はもちろん、長く競技を続けられる環境も大切だったのでしょう。
全国大会や遠征を重ねるスポーツ選手の成長には、さまざまな人の協力が必要になります。
永露選手の活躍を見ていると、少年時代から積み重ねてきた努力の大きさを感じずにはいられません。
永露元稀の母親はどんな人?家族とのエピソード
続いて、永露元稀選手の母親についてです。
母親の名前や職業、年齢なども、公式プロフィールや主要な報道では詳しく紹介されていません。
一部の個人サイトでは母親の名前に触れているものもありますが、本人の発言などによる裏付けが十分ではないため、ここでは断定を控えます。
永露選手は小学校からバレーボールを始め、東福岡高校、東海大学と競技を続け、社会人になってからも日本のトップレベルでプレーしてきました。
その長い競技人生を考えると、ご家族との思い出もたくさんあるのではないでしょうか。
特に学生時代は、練習や試合、学校生活を両立するだけでも大変だったはずです。
私自身、スポーツ選手の学生時代を調べるたびに、華やかな試合結果の裏には、日々の地道な努力があるのだと感じます。
永露選手についても、いつかご両親への感謝や家族とのエピソードを聞いてみたいですね。
兄弟もバレーボール選手?いとこが競技を始めるきっかけに
永露元稀選手には兄と弟がいるという情報がありますが、兄弟がバレーボール選手として活動しているという確かな情報は見つかっていません。
一方で、バレーボールを始めたきっかけについては、はっきりしたエピソードがあります。
それが、小学生のころ、いとこに誘われてバレーボールを始めたというものです。
永露選手は小学校4年生ごろから競技を始めたと紹介されています。
何気ない誘いが、日本代表セッター誕生のきっかけになったと考えると、とても興味深いですよね。
もし、あのときいとこから誘われていなかったら、永露選手は別のスポーツに打ち込んでいた可能性もあります。
人生は、ちょっとした出会いやきっかけで大きく変わるものなのだと感じます。
また、いとこが現在もバレーボールを続けているのかについては、詳しい情報は確認できませんでした。
それでも、永露選手の競技人生のスタートに親族とのつながりがあったことは、印象的なエピソードです。
永露元稀のプロフィール!年齢・身長・血液型などを紹介
永露元稀の基本プロフィール
永露元稀選手の基本情報をまとめました。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 永露元稀(えいろ もとき) |
| 生年月日 | 1996年6月8日 |
| 年齢 | 30歳(2026年10月現在) |
| 出身地 | 福岡県春日市 |
| 身長 | 192cm |
| ポジション | セッター |
| 所属 | 広島サンダーズ |
| 背番号 | 21 |
| 出身高校 | 東福岡高校 |
| 出身大学 | 東海大学 |
| 最高到達点 | 335cm |
| ブロックジャンプ到達点 | 325cm |
| シャツネーム | EIRO |
身長192センチという数字は、改めて見ると本当に驚きます。
セッターは攻撃の組み立てを担うポジションですが、永露選手の場合は長身を生かしたネット際のプレーも大きな魅力です。
2026年の日本代表選手紹介でも、自身のアピールポイントとしてネット際のプレーを挙げています。
さらに、試合前のルーティンはコーヒーを飲むこと、好きな言葉は「努力に勝る天才なし」と紹介されています。
高い身体能力だけでなく、努力を大切にする姿勢がうかがえますね。
なお、体重や血液型については、紹介媒体によって情報が異なったり、公式プロフィールで確認できなかったりするため、ここでは確実性の高い項目を中心に掲載しました。
192センチの長身セッターとして注目される理由
永露元稀選手の大きな特徴は、やはり192センチの身長です。
バレーボールのセッターには、正確なトスを上げる技術だけでなく、相手のブロックや味方の攻撃陣を瞬時に判断する能力が求められます。
永露選手は、そうした司令塔としての役割に加えて、高さを生かしたブロックやネット際でのプレーにも強みがあります。
もともと高校時代にはミドルブロッカーとして活躍していたため、ネット際で相手と駆け引きをする経験も豊富です。
一般的なセッターとは少し異なる経歴を持っていることが、永露選手ならではのプレースタイルにつながっているのでしょう。
大阪ブルテオン時代には、チームの攻撃陣との連係を深めながら、レギュラーシーズン優勝に貢献しました。
セッターはスパイクを決める選手ほど目立たないこともありますが、攻撃が決まるまでの流れをつくる重要な存在です。
永露選手のプレーを見る際には、トスの正確さだけでなく、ブロックやネット際での動きにも注目したいですね。
永露元稀の学歴は?春日北中・東福岡高校・東海大学での活躍
春日北小学校・春日北中学校時代から全国レベルの選手に
永露元稀選手は、福岡県春日市で育ち、春日北小学校、春日北中学校を経て東福岡高校へ進学しています。
小学生のころ、いとこに誘われてバレーボールを始めた永露選手。
当初から将来の日本代表を目指していたのかは分かりませんが、中学校時代にはすでに大きな可能性を示していました。
春日北中学校では福岡県選抜のメンバーに選ばれ、全国都道府県対抗中学バレーボール大会に出場しています。
当時の身長はすでに186センチに達していたと紹介されており、オリンピック有望選手として表彰された経験もあります。
中学生で186センチというだけでも驚きですが、それに加えて全国レベルでプレーしていたのですから、周囲からの期待も大きかったのではないでしょうか。
ただ、身長が高いだけで一流選手になれるわけではありません。
ジャンプのタイミングやボールへの反応、チームメートとの連係など、日々の練習によって身につける技術も欠かせません。
現在の永露選手の安定したプレーには、中学時代から積み重ねてきた経験が生きているのでしょう。
東福岡高校ではミドルブロッカー!高校三冠にも貢献
中学校卒業後、永露元稀選手は福岡県のバレーボール名門校・東福岡高校へ進学しました。
東福岡高校は全国大会で数々の実績を残してきた強豪校です。
現在はセッターとして活躍する永露選手ですが、実は高校時代にはミドルブロッカーとしてプレーしていました。
2014年の春の高校バレーでは、チームの全国ベスト4進出に貢献。
さらに、2014年度のチームは、2014年のインターハイと国体、2015年1月の春高バレーを制し、高校三冠を達成しました。
永露選手も、その強豪チームを支えた一員でした。
高校時代から全国の頂点を経験していることは、その後の競技人生にとって大きな財産になったはずです。
しかも、当時のポジションは現在とは違うミドルブロッカー。
相手の攻撃を止めるブロックや、素早い攻撃への対応を経験したことが、大学でセッターに転向してからも役立ったと考えられます。
個人的には、全国トップレベルのミドルブロッカーから日本代表のセッターへと成長した経歴が、とても印象的です。
一つのポジションだけにこだわらず、自分の可能性を広げていったところにも、永露選手の魅力を感じます。
東海大学でセッターに転向!U-23日本代表にも選出
東福岡高校を卒業した永露元稀選手は、バレーボールの強豪・東海大学へ進学しました。
そして大学で、競技人生の大きな転機を迎えます。
それが、ミドルブロッカーからセッターへの転向です。
セッターは、攻撃を組み立てる司令塔として、チーム全体を見渡すことが求められるポジション。
高校までとは役割が大きく異なるため、転向当初は新しく覚えることも多かったのではないでしょうか。
それでも永露選手は、長身を生かした独自のスタイルで頭角を現していきます。
大学1年生のときにはU-23日本代表に選出され、将来を期待される長身セッターとして注目を集めました。
一般的に、セッターには経験と判断力が求められます。
そのポジションへ転向して間もない時期に年代別日本代表へ選ばれたことは、永露選手の適応力の高さを示す出来事だったといえるでしょう。
高校で培ったブロック技術と、大学で身につけたトスワーク。
異なる経験を組み合わせながら、自分だけのプレースタイルをつくり上げていったのですね。
永露元稀の所属チームと経歴!ウルフドッグス名古屋から広島サンダーズへ
豊田合成トレフェルサ・ウルフドッグス名古屋時代
東海大学で活躍した永露元稀選手は、2018年に豊田合成トレフェルサの内定選手となり、トップリーグでの競技生活をスタートさせました。
豊田合成トレフェルサは、後にウルフドッグス名古屋となったチームです。
大学でセッターへ転向してから、国内トップレベルの舞台へ進んだ永露選手。
プロの舞台では、経験豊富な選手たちとの連係や、相手チームの高度な戦術への対応など、学生時代とは違った難しさもあったことでしょう。
それでも着実に経験を積み、チームの中心選手として成長していきました。
2021年には天皇杯優勝を経験し、2022-23シーズンにはV.LEAGUE DIVISION1 MENで優勝。
日本代表としても活動の幅を広げ、2022年のAVCカップでは準優勝を経験しています。
また、2018年にはアジア競技大会、2019年にはユニバーシアード競技大会にも出場しました。
学生時代から社会人、日本代表へと段階的にステップアップしてきたことが分かります。
こうして振り返ると、永露選手は突然注目を集めた選手ではなく、長い時間をかけて実績を積み重ねてきた選手なのですね。
大阪ブルテオンでは全44試合に先発出場!
2024-25シーズン、永露元稀選手は大阪ブルテオンへ移籍しました。
この移籍は、永露選手にとって大きな挑戦となりました。
大阪ブルテオンには、西田有志選手をはじめ、国内外の実力者が数多く所属しています。
そうした選手たちの持ち味を引き出すためには、セッターとしての技術だけでなく、コミュニケーションも重要になります。
永露選手はチームに加入してから、選手一人ひとりの特徴を理解し、連係を深めることを大切にしていたとインタビューで語っています。
その成果もあり、2024-25シーズンのSVリーグでは、レギュラーシーズン全44試合にスターティングメンバーとして出場しました。
チームはレギュラーシーズン優勝を達成し、天皇杯でも準優勝という成績を残しています。
ただし、SVリーグの年間最終順位は3位であり、レギュラーシーズン優勝と年間王者は異なります。
ここは混同しないようにしたいところです。
永露選手が大阪ブルテオンで過ごしたのは1シーズンでしたが、その短い期間に残した実績は大きなものでした。
移籍後すぐに新しいチームの攻撃を組み立て、全44試合で先発を任されたという事実からも、首脳陣やチームメートからの信頼がうかがえます。
2025年に広島サンダーズへ移籍!背番号は21
大阪ブルテオンで充実したシーズンを過ごした永露元稀選手は、2025年に広島サンダーズへ移籍しました。

大阪ブルテオンは2025年5月、永露選手の契約満了を発表。
その後、同年7月31日には、SVリーグの自由交渉選手リストで広島サンダーズへの移籍が公示されています。
新天地でも背番号は21。
192センチの長身セッターとして、チームの攻撃を組み立てる重要な役割を担っています。
2025-26シーズンには、広島サンダーズの一員としてSVリーグのレギュラーシーズン44試合に出場しました。
前シーズンに大阪ブルテオンで全44試合に先発したことに続き、広島でも継続して試合に出場している点は注目したいところです。
環境が変われば、チームメートの特徴や攻撃のタイミングも変わります。
それでも結果を求められるのが、トップリーグで戦う選手の厳しさなのでしょう。
永露選手は大阪での経験を生かしながら、広島でも新しい挑戦を続けています。
複数の強豪チームでプレーした経験は、日本代表での活動にもつながっていきそうですね。
永露元稀の日本代表での実績!世界選手権や2026年ネーションズリーグ
2025年世界選手権に出場!日本代表の司令塔として活躍
永露元稀選手は、国内リーグだけでなく、男子バレーボール日本代表としても活躍しています。
2018年のアジア競技大会、2019年のユニバーシアード競技大会、2022年のAVCカップなど、国際大会で経験を積んできました。
そして2025年には、男子世界選手権の日本代表メンバーに選ばれています。
世界選手権は、各国の強豪が集まる大きな大会です。
国内リーグとは異なる高さやパワー、スピードを持つ相手に対して、セッターには瞬時の判断が求められます。
永露選手は、長身を生かしたネット際のプレーと丁寧なトスワークを武器に、国際舞台でも経験を重ねてきました。
日本代表には実力のあるセッターが複数いるため、代表メンバーに選ばれ続けること自体が簡単ではありません。
それでも永露選手が代表候補として評価されているのは、独自の強みを持っているからなのでしょう。
高校時代にはミドルブロッカーだった選手が、世界選手権で日本代表のセッターとしてプレーする。
その歩みを知ると、選手の可能性は一つのポジションだけでは決まらないのだと感じます。
2026年ネーションズリーグで日本は4位!永露元稀も代表入り
2026年のバレーボールネーションズリーグでは、男子日本代表が最終4位となりました。
日本は決勝ラウンドへ進出しましたが、3位決定戦でスロベニアにセットカウント1-3で敗れ、惜しくもメダルには届きませんでした。
それでも世界の強豪を相手に4位という結果を残したことは、日本代表にとって大きな経験になったはずです。
永露選手も日本代表メンバーに名を連ね、国際大会での経験を積み重ねました。
特に注目したいのは、永露選手の高さです。
海外の強豪チームには長身の選手が多く、セッターもブロックで狙われる場面があります。
192センチの永露選手は、ネット際での対応力を生かせるという特徴があります。
もちろん、代表にはほかにも優れたセッターがいるため、常に出場が保証されているわけではありません。
それでも、チームの戦術や対戦相手によって異なる選択肢を持てることは、日本代表にとって心強い要素でしょう。
2028年ロサンゼルス五輪への期待
永露元稀選手の今後を考えるうえで、2028年のロサンゼルスオリンピックも気になる大会です。
2026年10月現在、永露選手は30歳。
2028年のロサンゼルス五輪が開催されるころには32歳になります。
セッターは経験や判断力が大きな武器になるポジションでもあり、これまで国内外で積み重ねてきた経験は、今後の代表争いでも強みになるでしょう。
日本男子代表はロサンゼルス五輪への出場権を獲得していますが、永露選手個人の五輪代表入りが決まっているわけではありません。
これからの国内リーグや国際大会での活躍が、代表選考において重要になってくると考えられます。
高校時代にミドルブロッカーとして全国制覇を経験し、大学でセッターに転向。
社会人では複数の強豪クラブで実績を残し、日本代表として世界と戦ってきた永露選手。
ここまでの歩みを見ると、次の大舞台でもその経験を発揮してほしいと期待したくなりますね。
永露元稀が2026年10月8日に結婚発表!嫁(妻)はどんな人?
Instagramで入籍を報告!ドレス姿の妻との2ショットも公開
2026年10月8日、永露元稀選手が自身のInstagramで結婚を発表しました。
このニュースは日刊スポーツやデイリースポーツなどでも報じられ、バレーボールファンの注目を集めました。
永露選手は、日ごろ応援してくれるファンや関係者への感謝を伝えたうえで、入籍したことを報告。
さらに、ドレス姿のお相手と並んだ2ショット写真も公開しています。
投稿では、これからは家庭を大切にしながら、より一層競技に励んでいくという思いをつづっていました。
30歳という節目の年に、新たな人生のスタートを迎えた永露選手。
長年応援してきたファンにとっても、うれしい報告だったのではないでしょうか。
スポーツ選手は試合の結果や記録で注目されることが多いですが、こうした人生の節目を知ると、一人の人間としての魅力も感じられますよね。
これまで日本代表や国内リーグで活躍してきた永露選手が、今後は家庭という新たな支えを得て、どのようなプレーを見せてくれるのか楽しみです。
永露元稀の嫁(妻)の名前や職業、馴れ初めは?
今回の結婚発表を受けて、「永露元稀の嫁は誰?」「どこで知り合ったの?」と気になっている方も多いと思います。
しかし、2026年10月8日時点で確認できた報道では、結婚相手の名前や年齢、職業、出身地などは明らかにされていません。
また、交際期間や出会いのきっかけ、結婚までの馴れ初めについても、詳しい情報は公表されていないようです。
お相手の写真は公開されていますが、芸能関係者なのか、一般の方なのかについても、確かな情報は確認できませんでした。
そのため、現時点では結婚相手の職業や経歴について推測することは控えたいと思います。
また、過去のSNS投稿などから交際相手がいたのではないかと推測する声があったとしても、今回の結婚相手との関係を裏付けるものとは限りません。
永露選手が自ら発表した情報を大切にしながら、今後の報告を見守りたいですね。
個人的には、結婚報告の中で家庭と競技の両方を大切にしたいという思いを伝えていたことが印象に残りました。
トップアスリートとして結果を求められる日々の中で、家庭でも穏やかな時間を過ごしてほしいと思います。
ご結婚、本当におめでとうございます。
まとめ
今回は、バレーボール男子日本代表・永露元稀選手について、ハーフ説や出身地、父親・母親、兄弟などの家族構成、学歴、競技経歴、そして2026年10月8日の結婚発表まで詳しく紹介しました。
永露選手は1996年6月8日生まれの30歳で、福岡県春日市出身。身長192センチの長身セッターとして、広島サンダーズや男子日本代表で活躍しています。
「ハーフではないか」という噂については、両親の国籍やルーツに関する確かな公表情報がなく、現時点では確認できていません。
また、家族については父親・母親・兄・本人・弟の5人家族という情報がありますが、公式に確認できる詳細は限られています。
一方、競技経歴については、春日北中学校から東福岡高校、東海大学へと進み、高校時代にはミドルブロッカーとして三冠達成に貢献。大学でセッターに転向してからは、その長身を生かした独自のプレースタイルで成長してきました。
ウルフドッグス名古屋では天皇杯やV1リーグの優勝を経験し、大阪ブルテオンではSVリーグのレギュラーシーズン優勝に貢献。
2025年からは広島サンダーズに所属し、日本代表としても世界選手権やネーションズリーグに出場しています。
そして2026年10月8日には、Instagramで結婚を発表しました。
新しい家庭を築きながら、これからもトップレベルの競技に挑戦していく永露選手。
一人のバレーボールファンとして、これまで培ってきた経験を生かし、さらに充実したプレーを見せてくれることを期待しています。
2028年のロサンゼルスオリンピックに向けて、永露元稀選手の今後の活躍からますます目が離せません。




