2024年パリオリンピック柔道女子48kg級で金メダルを獲得し、一躍時の人となった角田夏実さん。
31歳11カ月での金メダル獲得は、日本柔道のオリンピック金メダリストとして史上最年長という快挙でした。
しかし、「泣き虫なっちゃん」と呼ばれた少女時代から世界女王になるまでの道のりは、決して順風満帆ではありませんでした。
学生時代には柔道を辞めようと思ったこともあり、大学では大怪我を経験。さらに52kg級では東京オリンピック代表を逃すなど、何度も大きな壁にぶつかっています。
それでも階級を48kg級へ変更すると、世界選手権3連覇を達成。
そして31歳で初めてオリンピックの舞台に立ち、悲願の金メダルを手にしました。
そんな角田さんは2026年1月、競技の第一線から退くことを発表しています。
今回は角田夏実さんの生年月日や出身地、中学・高校時代のエピソード、柔道家としての輝かしい実績、そして引退に至った経緯まで詳しくご紹介していきます。
角田夏実さんの生年月日や出身地など基本プロフィールをチェック
まずは角田夏実さんの基本的なプロフィールから見ていきましょう。
- **名前:**角田夏実(つのだ なつみ)
- **生年月日:**1992年8月6日
- **出身地:**千葉県八千代市
- **身長:**161cm
- **出身中学:**八千代市立勝田台中学校
- **出身高校:**千葉県立八千代高等学校
- **出身大学:**東京学芸大学
- **得意技:**内股、巴投げ、寝技
- **所属:**SBC湘南美容クリニック
1992年8月6日生まれの角田さんは、2026年9月現在34歳。
千葉県八千代市出身で、身長は161cmです。
角田さんといえば、なんといっても代名詞となった巴投げと寝技。
相手も巴投げが来ることを分かっているにもかかわらず、それでも技を決めてしまう高い技術は世界でも大きな武器となりました。
巴投げから、そのまま腕挫十字固などの寝技へ移行する流れも角田さんの大きな特徴。
パリオリンピックでも、このスタイルで世界の強豪を次々と破っています。
しかし、そんな世界トップクラスの柔道家も、子供の頃から圧倒的に強かったわけではありませんでした。
柔道を始めたのは小学2年生、父の影響がきっかけ
角田さんが柔道の世界に足を踏み入れたのは、小学2年生の頃でした。
父親が柔道を経験していたこともあり、地元の八千代警察署の道場で柔道を始め、その後も稽古を重ねていきます。
現在では「世界一の巴投げ」とまで評される角田さんですが、幼い頃から勝ち続けていたエリート選手だったわけではありません。
小柄だったこともあり、試合で負けて泣いてしまうことも多かったそうです。
「泣き虫なっちゃん」と呼ばれていたというエピソードからも、現在の堂々とした姿とのギャップを感じますよね。
後に世界選手権を3連覇し、オリンピック金メダリストとなる選手が、子供の頃には負けて泣いていたというのですから驚きです。
角田さんの競技人生を振り返ると、最初からエリート街道を歩んできたというより、失敗や挫折を経験しながら少しずつ強くなっていった「遅咲き」の選手だったことが分かります。
中学時代は転校を経験、高校は地元・八千代高校へ
角田さんは中学時代、私立の八千代松陰中学校に在籍した後、八千代市立勝田台中学校へ転校しています。
中学2年時には全国中学校柔道大会44kg級に出場しましたが、初戦で敗退。
全国大会で結果を残すことはできませんでした。
その後、地元にある千葉県立八千代高校の稽古にも参加するようになります。
八千代高校は全国大会にも選手を送り出していた学校で、角田さんも同校で柔道を続けたいという気持ちを強くしていったようです。
そして中学3年時に八千代市立勝田台中学校へ転校。
八千代市の公式プロフィールでも、出身校として「八千代市立勝田台中学校」と紹介されています。
中学校卒業後は、念願だった千葉県立八千代高校へ進学しました。
八千代高校ではインターハイ3位!
高校進学後、角田さんは徐々に全国レベルで結果を残すようになります。
高校2年時にはインターハイ52kg級で3位。
中学時代には全国大会の初戦で敗れていた少女が、高校では全国3位まで上り詰めたことになります。
しかし高校3年時には思うような結果を残すことができず、一時は柔道を続けること自体に迷いを感じたこともあったそうです。
実は角田さんには、「ケーキ屋さんになりたい」と考えて専門学校への進学を検討した時期もありました。
現在のオリンピック金メダリストとしての姿からは、なかなか想像できませんよね。
それでも周囲からの後押しもあり、柔道を続ける道を選択します。
この決断がなければ、後の世界選手権3連覇もパリオリンピックの金メダルもなかったことになります。
大学は国立の東京学芸大学へ!寝技を磨き才能が開花
高校卒業後、角田さんが進学したのは東京学芸大学です。
大学では寝技を磨き、現在につながる独自の柔道スタイルを作り上げていきました。
柔術やサンボなどの要素も取り入れながら技術を高め、投げ技だけに頼らず、寝技でも一本を奪える選手へと成長していきます。
そして大学3年時の2013年、全日本学生体重別選手権52kg級で優勝。
角田さんにとって大きな飛躍のきっかけとなりました。
一方で、大学時代には怪我にも苦しめられます。
大学4年時には右膝の前十字靱帯を断裂する大怪我を経験。
大学卒業後の2015年には学校法人了徳寺学園に入り、実業団選手として競技を続けました。
すぐに世界トップへ駆け上がったわけではなく、怪我からの復帰を経て少しずつ結果を積み重ねていきます。
そして2016年の講道館杯で優勝すると、同年のグランドスラム東京でも優勝。
24歳頃から国際舞台でも存在感を高めていきました。
52kg級では世界選手権銀メダル!それでも東京五輪には届かず
角田さんの柔道人生を語るうえで重要なのが、もともと52kg級の選手だったという点です。
2017年の世界選手権では女子52kg級で銀メダルを獲得。
2018年には全日本選抜体重別選手権で優勝し、ジャカルタ・パレンバンアジア大会でも52kg級の金メダルを獲得しました。
十分すぎるほどの実績ですよね。
しかし、当時の女子52kg級には志々目愛選手や阿部詩選手など世界トップクラスのライバルがいました。
東京オリンピック代表を目指す中で、角田さんは大きな決断をします。
それが52kg級から48kg級への階級変更でした。
2019年から48kg級へ本格的に転向。
ところが東京オリンピックの代表には届かず、初めての五輪出場はまたしても持ち越しとなりました。
普通なら、ここで引退を考えても不思議ではありません。
しかし角田さんは競技を続けました。
そして、この決断が後の快進撃につながっていきます。
48kg級で世界選手権3連覇!遅咲きの世界女王へ
東京オリンピックへの出場を逃した後、角田さんは48kg級で一気に世界の頂点へ駆け上がります。
2021年の世界選手権で初優勝。
さらに2022年、2023年も優勝し、世界選手権3連覇を達成しました。
女子の日本選手による世界選手権3連覇は、田村亮子(現・谷亮子)さん、阿武教子さんに続く史上3人目の快挙です。
2023年の世界選手権では初戦から決勝まで5試合すべて一本勝ち。
30歳を迎えてなお進化を続けていたことが分かります。
また、杭州アジア大会でも女子48kg級で金メダルを獲得。
大会名称は「杭州2022アジア競技大会」ですが、新型コロナウイルスの影響による延期のため、実際に開催されたのは2023年でした。
こうした実績が評価され、角田さんはパリオリンピック日本代表に内定。
31歳にして、ついに初めてのオリンピック出場を決めました。
31歳で初出場したパリ五輪で金メダル!
そして迎えた2024年パリオリンピック。
角田さんは女子48kg級で圧倒的な強さを見せました。

初戦ではブラジルのナターシャ・フェレイラ選手を巴投げで技あり、そのまま腕挫十字固で一本。
続く南アフリカのジェロネイ・ホワイトボーイ選手にも、巴投げから腕挫十字固という得意の流れで一本勝ちします。
準々決勝ではフランスのシリヌ・ブクリ選手を巴投げ一本。
準決勝ではスウェーデンのタラ・バブルファト選手との長い戦いを反則勝ちで制しました。
そして決勝。
対戦したのはモンゴルのバブドルジ・バーサンフー選手です。
試合開始から2分54秒、角田さんの代名詞である巴投げが決まり技あり。
このポイントを守り切り、悲願の金メダルを獲得しました。
女子48kg級の日本勢によるオリンピック金メダルは、2004年アテネ大会の谷亮子さん以来20年ぶり。
31歳11カ月での優勝は、日本柔道のオリンピック金メダリストとして史上最年長となりました。
さらに、この金メダルはパリ大会における日本選手団第1号。
日本の夏季オリンピック通算500個目のメダルという記念すべき金メダルでもありました。
個人戦だけではありません。
混合団体決勝では本来より2階級上の選手を相手に巴投げで一本勝ち。
日本はフランスに敗れて銀メダルとなりましたが、角田さんはパリ五輪で金メダル1個、銀メダル1個を獲得しています。
角田夏実の柔道実績がすごい!
改めて角田さんの主な国際大会での実績を見てみましょう。
- 2017年 世界選手権52kg級:銀メダル
- 2018年 ジャカルタ・パレンバンアジア大会52kg級:金メダル
- 2021年 世界選手権48kg級:金メダル
- 2022年 世界選手権48kg級:金メダル
- 2023年 世界選手権48kg級:金メダル
- 杭州アジア大会48kg級:金メダル
- 2024年 パリオリンピック48kg級:金メダル
- 2024年 パリオリンピック混合団体:銀メダル
- 2025年 グランドスラム・バクー48kg級:優勝
特に印象的なのは、やはり20代後半から30代に入ってから大きく飛躍したことではないでしょうか。
世界選手権で初優勝したのは28歳。
初めてオリンピックに出場したのは31歳です。
10代の頃から将来を嘱望され、そのままオリンピックへ進んだタイプではありません。
中学時代の全国大会初戦敗退、高校時代の進路への迷い、大学時代の大怪我、東京オリンピック代表落選。
何度も壁にぶつかりながら競技を続け、最後にオリンピックの頂点までたどり着いたところに、角田夏実さんの柔道人生の魅力があるのかもしれません。
パリ五輪後も現役続行!2025年バクー大会で優勝
パリ五輪で金メダルを獲得したことで、「そのまま引退するのでは?」と思った方も多かったのではないでしょうか。
しかし角田さんは競技を続けます。
2025年2月にはグランドスラム・バクー大会に出場。
パリ五輪以来、約7カ月ぶりとなる実戦でした。
それでも強さは健在。
48kg級で4試合を勝ち抜き、見事優勝を果たしました。
初戦では韓国選手を腕挫十字固で破り、その後も世界の強豪を相手に勝利。
五輪金メダリストとして迎えた復帰戦でも頂点に立っています。
そして同年4月には、体重無差別で争う全日本女子柔道選手権にも出場。
これが角田さんにとって最後の公式戦となりました。
角田夏実が2026年に引退を発表!その理由は?
2025年12月、角田さんが競技の第一線を退く意向を固めたことが報じられました。
そして2026年1月30日、千葉県浦安市で記者会見を開き、第一線から退くことを正式に表明します。
角田さん自身は会見で「私の中では引退」という趣旨の言葉を述べています。
すでに全日本柔道連盟へ強化指定選手辞退届を提出し、今後は日本代表選手として活動しないことも明らかにしました。
引退を考えるきっかけのひとつになったのが、2025年のグランドスラム東京だったそうです。
大会を見ても「もう一度あの舞台に立ちたい」という気持ちにならなかったことで、自分の中でひとつの区切りを感じたと明かしています。
パリ五輪の金メダルを獲得してから約1年半。
世界選手権3連覇、そして31歳で悲願のオリンピック金メダル。
角田さんは柔道人生に大きな区切りをつけました。
引退後の角田夏実は何をする?
第一線を退いたからといって、角田さんが柔道から完全に離れるわけではありません。
引退会見では、今後について全国を回って柔道教室を開きたいという考えを語っています。
角田さんだからこそ、子供たちへ伝えられることも多いのではないでしょうか。
中学時代から全国トップだったわけでも、10代で世界女王になったわけでもありません。
本人も「遅咲き」と言われてきた選手です。
それでも諦めずに競技を続け、31歳で初出場したオリンピックで金メダルを獲得しました。
「エリートコースを歩んでいなくても夢をかなえることができる」。
そんな自身の経験を、これから柔道を始める子供たちや夢を追う若い世代へ伝えていきたいと考えているようです。
競技者としての角田夏実さんの物語はいったん区切りを迎えましたが、今度は自身の経験を次の世代へ伝える「第二の柔道人生」が始まっているのかもしれませんね。
角田夏実を支えた家族!父親も柔道経験者
角田さんの柔道人生を語るうえで、家族の存在も欠かせません。
柔道を始めるきっかけのひとつとなった父親も柔道経験者。
角田さんは小学2年生から柔道を始め、その後世界の頂点まで上り詰めました。
また、角田さんには5歳年上のお姉さんがいることも知られています。
姉妹の仲は非常に良いようで、角田さんがSNSなどで家族について触れることもあります。
幼い頃には試合に負けて泣いていた「泣き虫なっちゃん」が、長い年月を経て世界選手権3連覇、そしてオリンピック金メダリストへ。
その成長を最も長く見守ってきたのも、家族だったのでしょうね。
まとめ
今回は、パリ五輪柔道女子48kg級金メダリスト・角田夏実さんについて、生年月日や出身地、中学・高校時代、柔道家としての実績、そして引退までをご紹介してきました。
最後に内容をまとめてみました。
- 生年月日:1992年8月6日
- 出身地:千葉県八千代市
- 身長:161cm
- 出身中学:八千代市立勝田台中学校
- 出身高校:千葉県立八千代高等学校
- 出身大学:東京学芸大学
- 柔道開始:小学2年生
- 世界選手権:48kg級で2021~2023年に3連覇
- パリ五輪:女子48kg級金メダル、混合団体銀メダル
- 五輪優勝時:31歳11カ月で日本柔道史上最年長の金メダリスト
- 2025年:グランドスラム・バクー優勝
- 2026年1月:競技の第一線から退くことを発表
千葉県八千代市で生まれ、小学2年生から柔道を始めた角田夏実さん。
中学時代には全国大会初戦敗退を経験し、高校時代には柔道を辞めて別の道へ進むことを考え、大学では大怪我も経験しました。
さらに52kg級では東京オリンピックへの出場を逃しています。
それでも柔道を諦めず、48kg級への階級変更を経て世界選手権3連覇。
そして31歳で初めて立ったオリンピックの舞台で、ついに金メダルを手にしました。
若い頃から順風満帆だったわけではないからこそ、角田さんの歩んできた道に勇気をもらった人も多いのではないでしょうか。
2026年に競技の第一線から退いた今度は、自身の経験を次の世代へ伝える立場へ。
「泣き虫なっちゃん」から世界一へ――。
長い時間をかけて夢をかなえた角田夏実さんが、これからどんな形で柔道の魅力を伝えていくのか、今後の活動にも注目していきたいですね。





