前田凛(柔道)の高校や大学、出身地や両親(父・母)などプロフィールを検証。柔道の実績は?

2026年10月1日、愛知・名古屋アジア大会の柔道女子70kg級で、前田凛選手が大きな注目を集めています。

そのきっかけとなったのが、準々決勝で起きたまさかの出来事でした。

中国の唐婧(タン・ジン)選手との一戦。

寝技の攻防となった際、前田選手の左腕に唐選手が噛みついたと判断され、審判団が映像などを確認。

唐選手には反則負けが宣告され、公式記録では試合開始1分12秒で前田選手の一本勝ちとなりました。

前田選手の左腕には歯形も確認されており、柔道の国際大会ではなかなか見ない異例の展開となりました。

それでも前田選手は気持ちを切らすことなく準決勝へ。

北朝鮮のムン・ソンヒ選手との一戦にも勝利し、決勝進出を決めています。

アクシデントがあった直後にもかかわらず、しっかり気持ちを切り替えて決勝まで勝ち上がったところに、21歳とは思えない精神的な強さを感じますね。

そんな前田凛選手について、

「出身地はどこ?」

「高校や大学は?」

「父親や母親はどんな人?」

「柔道を始めたきっかけは?」

「これまでどんな大会で優勝しているの?」

と気になった方も多いのではないでしょうか。

今回は前田凛選手の高校や大学、出身地、年齢、両親(父・母)などのプロフィールを調査。

さらに中学・高校時代から、環太平洋大学進学後に世界へ飛び出していくまでの柔道実績についても詳しくご紹介します。

前田凛のプロフィール!年齢・出身地・大学などを紹介

まずは前田凛選手の基本プロフィールから見ていきましょう。

  • 名前:前田凛(まえだ・りん)
  • 生年月日:2005年9月8日
  • 年齢:21歳(2026年10月現在)
  • 出身地:愛媛県
  • 階級:女子70kg級
  • 段位:二段
  • 中学校:三間中学校
  • 高校:比叡山高校
  • 大学:環太平洋大学
  • 所属:環太平洋大学3年
  • 学部・学科:体育学部・競技スポーツ科学科
  • 柔道歴:3歳から

全日本柔道連盟の公式プロフィールでは、2005年9月8日生まれ。

女子70kg級の強化選手で、2026年現在は環太平洋大学3年生です。

出身校についても「三間中学校-比叡山高校」と記載されています。

大学では体育学部競技スポーツ科学科に在籍。

環太平洋大学が実施する「トップアスリートプロジェクト」にも選出されており、世界で活躍するトップアスリートを目指して競技に取り組んでいます。

まだ21歳の大学生ですが、すでにグランドスラムやワールドユニバーシティゲームズなど、国際舞台で優勝を経験している実力者です。

経歴だけを見るとベテランのようですが、まだ大学3年生。

これからさらに伸びる可能性を考えると、楽しみな選手ですよね。

前田凛の出身地は愛媛県

前田凛選手の出身地は愛媛県です。

大学の公式プロフィールでも愛媛県出身と紹介されています。

中学校は宇和島市立三間中学校。

宇和島市周辺で育ち、幼い頃から柔道に取り組んできました。

中学卒業後は地元愛媛県を離れ、滋賀県の柔道強豪校・比叡山高校へ進学しています。

中学生の女の子が親元を離れて強豪校へ進むというのは、競技面だけでなく生活面でも大きな決断だったはずです。

それだけ柔道に懸ける思いが強かったのでしょう。

そして愛媛から滋賀、さらに岡山の環太平洋大学へ。

少しずつ環境を変えながら、自分を成長させてきた選手であることが分かります。

前田凛が柔道を始めたのは3歳!きっかけは姉

前田凛選手が柔道を始めたのは、なんと3歳の頃です。

環太平洋大学女子柔道部の公式プロフィールでは、柔道を始めたきっかけについて、

「姉の影響」

と答えています。

つまり前田選手にはお姉さんがいて、その姉が柔道をしていたことが競技を始めるきっかけになったようです。

3歳といえば、まだ幼稚園に入る前後くらいの年齢。

その頃から柔道着を着て畳の上に立っていたと考えると、現在21歳の前田選手にはすでに18年ほどの柔道人生があることになります。

幼い頃は「お姉ちゃんがやっているから私も」という感覚だったのかもしれません。

ところが、その妹が成長して日本代表となり、アジア大会の決勝まで進出するのですから、ご家族にとっても感慨深いでしょうね。

前田凛の父親や母親はどんな人?

前田凛選手について検索すると、

「父親」

「母親」

「両親」

など家族について調べている人もいるようです。

3歳から柔道を続けてきた選手だけに、

「両親も柔道経験者なの?」

と気になるところですよね。

今回、全日本柔道連盟や環太平洋大学などの公式情報を中心に調査しましたが、前田凛選手の父親・母親の名前や職業、柔道歴など詳しいプロフィールは公表されていませんでした。

そのため、ご両親について根拠のない情報を推測することは避けたいと思います。

一方で、姉の影響で3歳から柔道を始めたことは本人の大学公式プロフィールで明かされています。

幼い子供が競技を長く続けるためには、練習への送迎や大会への付き添いなど、家族の協力が必要になる場面も多いでしょう。

中学卒業後には愛媛を離れて滋賀県の比叡山高校へ。

その後は岡山県の環太平洋大学へ進学しています。

前田選手自身の努力はもちろんですが、長い競技生活を陰で支えてきたご家族の存在も大きかったのではないでしょうか。

前田凛の性格は「マイペース」

試合中は鋭い表情で相手と向き合う前田凛選手ですが、素顔はどんな女性なのでしょうか。

環太平洋大学女子柔道部のプロフィールを見ると、意外と親しみやすい一面が分かります。

自分の性格を一言で表すと、

「マイペース」

なのだそうです。

好きな食べ物はお寿司。

オフの日の過ごし方については、なんとシンプルに**「寝る」**と答えています。

世界を舞台に戦うトップアスリートでも、休みの日はゆっくり寝たい。

なんだか急に親近感が湧いてきますよね。

一方、試合前に大切にしていることは、

「身の回りを整える」

こと。

試合前に自分の環境を整えることで、気持ちも整理して畳へ上がっているのかもしれません。

2026年アジア大会では予想外のアクシデントに遭遇しながらも、その後の準決勝を勝ち切りました。

そんな冷静さにも、「マイペース」で自分を見失わない性格が表れているように感じます。

三間中学校時代に全国中学校柔道大会3位

前田凛選手の出身中学校は、愛媛県宇和島市の三間中学校です。

中学生の頃からすでに全国トップレベルで活躍していました。

2019年の全国中学校柔道大会女子70kg級では3位。

準々決勝では千葉むつみ選手をゴールデンスコアの末、大外刈で破ってベスト4へ進出しました。

準決勝では山本海蘭選手に技ありで敗れましたが、全国大会3位という素晴らしい成績を残しています。

まだ中学生で全国ベスト4。

現在の活躍につながる片鱗は、この頃からすでに見えていたのですね。

3歳から始めた柔道をコツコツと続け、中学生で全国の表彰台へ。

そして前田選手は、さらに高いレベルを求めて滋賀県の比叡山高校へ進学します。

前田凛の高校は柔道強豪・比叡山高校

中学卒業後、前田凛選手が進学したのは滋賀県の比叡山高校です。

比叡山高校は全国大会でも多くの実績を持つ柔道強豪校。

前田選手は愛媛県から滋賀県へ渡り、全国トップレベルの選手たちと競い合う環境に身を置きました。

高校時代には個人戦だけでなく団体戦でも中心選手として活躍。

全国大会の舞台を何度も経験し、着実に力を伸ばしていきます。

そして高校3年生となった2023年、ついに大きなタイトルを手にしました。

2023年インターハイ女子70kg級で優勝

2023年8月に北海道で行われたインターハイ。

前田凛選手は女子70kg級に出場し、見事に全国優勝を果たしました。

比叡山高校の公式発表でも、

女子70kg級・前田凛 優勝

と記録されています。

さらに女子団体でも比叡山高校は準優勝。

前田選手は個人と団体の両方でチームを支えました。

高校最後のインターハイで個人日本一。

3歳から続けてきた柔道で、高校日本一まで上り詰めた瞬間です。

中学時代は全国3位。

そこから親元を離れて強豪・比叡山高校へ進み、3年間努力を重ねて全国優勝。

こうして経歴を追ってみると、前田選手が一段ずつ階段を上ってきたことが分かりますね。

高校3年で講道館杯にも挑戦

前田凛選手は高校生ながら、2023年の講道館杯全日本柔道体重別選手権大会にも出場しています。

講道館杯には高校生だけでなく、大学生や実業団など国内トップクラスの選手が出場します。

前田選手は当時、比叡山高校3年生。

2回戦でJR東日本の寺田宇多菜選手と対戦し、ゴールデンスコアの末に敗れました。

結果だけを見れば早い段階での敗退ですが、高校生でシニアのトップ選手と同じ大会に出場していたこと自体が大きな経験です。

高校日本一から、今度は日本シニアのトップへ。

この頃から次のステージへの挑戦が始まっていたのでしょう。

高校卒業直前のベルギー国際大会でも活躍

2024年1月、高校卒業を控えた前田凛選手はベルギー国際柔道大会へ出場しました。

70kg級のジュニア部門で優勝。

翌日のシニア部門でも2位に入っています。

国内だけでなく海外選手との実戦経験も積み、大学進学へ向けて着実に準備を進めていました。

そして2024年春。

前田選手は岡山県の環太平洋大学へ進学します。

前田凛の大学は環太平洋大学

高校卒業後、前田凛選手は環太平洋大学へ進学しました。

2026年現在は大学3年生。

体育学部競技スポーツ科学科に在籍し、女子柔道部で競技を続けています。

環太平洋大学女子柔道部も全国トップクラスの強豪。

学生大会だけでなく、シニアの国内大会や国際大会へ出場する選手も多く在籍しています。

前田選手自身も大学入学後、一気にシニアの国際舞台へ活動の幅を広げました。

大学公式プロフィールでは将来の目標について、

「たくさんの人に応援される選手になる」

と語っています。

単に「強い選手」ではなく「応援される選手」を目標にしているところが印象的です。

今回のアジア大会をきっかけに前田選手を知った人も多いでしょう。

まさに、その目標へ少しずつ近づいているのかもしれませんね。

2024年全日本ジュニア優勝!JOCジュニアオリンピックカップも受賞

大学1年生だった2024年9月、前田凛選手は全日本ジュニア柔道体重別選手権大会女子70kg級で優勝しました。

さらに、全階級の優勝者の中から選ばれるJOCジュニアオリンピックカップも受賞。

ジュニア世代を代表する選手として高く評価されました。

高校3年でインターハイ優勝。

翌年には大学1年で全日本ジュニア優勝。

カテゴリーが変わっても結果を残しているところが前田選手の強さですね。

この優勝によって、同年10月の世界ジュニア選手権へ日本代表として出場することになります。

2024年世界ジュニアは個人5位・混合団体優勝

2024年10月、タジキスタン・ドゥシャンベで開催された世界ジュニア柔道選手権大会に出場。

女子70kg級の個人戦では5位となりました。

本人にとっては悔しさの残る結果だったようで、大会後には環太平洋大学を通じて、世界でも活躍できるようさらに頑張りたいという趣旨のコメントを残しています。

しかし大会はそれだけでは終わりません。

男女混合団体戦では日本代表の一員として出場。

前田選手も1回戦のドイツ戦、2回戦のウズベキスタン戦、準決勝のモンゴル戦などで勝利し、日本の優勝に貢献しました。

個人戦では悔しい5位。

団体戦では世界一。

同じ大会の中で悔しさと喜びの両方を経験したことは、その後の成長にもつながったのではないでしょうか。

2024年グランドスラム東京で3位

2024年12月には、グランドスラム東京へ出場。

これが前田凛選手にとってシニアの国際大会で本格的に世界の強豪と戦う大きな舞台となりました。

結果は3位。

大学1年生ながら、いきなりワールドツアーの表彰台に上りました。

準決勝ではJR東日本の寺田宇多菜選手にゴールデンスコアの末に敗れましたが、シニア初期の段階でグランドスラム3位は立派な成績です。

高校時代に講道館杯で寺田選手に敗れてから約1年。

再び国内トップ選手と世界大会の舞台で戦うところまで成長していました。

2025年グランドスラム・タシケントでワールドツアー初優勝

そして2025年2月。

前田凛選手が一気に世界へ名前を広げる大会となったのが、ウズベキスタンで開催されたグランドスラム・タシケントです。

女子70kg級に出場した前田選手は、

2回戦を背負投。

準々決勝を大外返。

準決勝を横四方固。

そして決勝を内股透。

なんと全4試合一本勝ちで優勝しました。

決勝の相手は地元ウズベキスタンのフルシダ・ラゾクベルディエワ選手。

地元選手への大きな声援がある中でも、自分の柔道を貫いて一本を奪いました。

これが前田選手にとってIJFワールドツアー初優勝。

まだ大学1年生でした。

初めて世界の表彰台へ上がってから、わずか数か月で今度は頂点へ。

成長のスピードに驚かされますね。

2025年ワールドユニバーシティゲームズで個人・団体2冠

2025年7月、ドイツのライン・ルール地域で開催されたFISUワールドユニバーシティゲームズ。

前田凛選手は女子70kg級に出場しました。

そして、

2回戦・合わせ技。

準々決勝・背負投。

準決勝・縦四方固。

決勝・縦四方固。

と、またしても全試合一本勝ちで優勝。

決勝では地元ドイツのサミラ・ボック選手を縦四方固で破りました。

さらに男女混合団体戦でも日本が優勝。

前田選手自身も決勝のフランス戦で勝利しており、個人・団体の2冠を達成しています。

グランドスラム・タシケントに続いて、またもオール一本勝ち。

「勝つ」だけでなく「一本を取って勝つ」というところに、前田選手の攻撃的な柔道が表れています。

見ている側にとっても、一本を狙い続ける選手の試合はワクワクしますよね。

2025年世界ジュニアは悔しい2回戦敗退

一方、すべてが順調だったわけではありません。

2025年10月にペルー・リマで行われた世界ジュニア選手権。

前田選手は1回戦でキューバ選手に合わせ技で一本勝ちしましたが、2回戦ではスイスの選手にゴールデンスコアの末、内股で有効を奪われ敗退しました。

前年は個人5位。

2025年は2回戦敗退。

世界ジュニア個人タイトルには届きませんでした。

しかし男女混合団体では日本が優勝。

前田選手も準々決勝、準決勝、決勝で勝利し、チームの世界一に大きく貢献しました。

勝った大会だけを見ると順風満帆に感じますが、こうした悔しい敗戦も経験しています。

それでも次の大会へ向けて立て直していく。

トップ選手に必要なのは、負けないことではなく「負けた後にどう戻ってくるか」なのかもしれませんね。

2026年グランドスラム・パリで3位

2026年2月には、世界のトップ選手が集まるグランドスラム・パリへ出場。

女子70kg級にはオリンピックや世界選手権でメダルを獲得した強豪が多数エントリーする非常にレベルの高い大会となりました。

その中で前田凛選手は3位。

世界屈指の強豪が集まるパリの畳で表彰台に上りました。

グランドスラム東京3位。

グランドスラム・タシケント優勝。

ワールドユニバーシティゲームズ優勝。

そしてグランドスラム・パリ3位。

大学生ながら、シニア国際大会でも安定して上位へ進む選手へと成長しています。

2026年は環太平洋大学のトップアスリートプロジェクトにも選出

2026年6月、環太平洋大学は第3期トップアスリートプロジェクトのメンバーを発表。

前田凛選手も3年生の選抜メンバーに名を連ねました。

しかも前田選手は3回目の選出です。

大学からもトップアスリートとして大きな期待を寄せられていることが分かります。

競技力だけでなく、栄養やトレーニングなどさまざまな面から選手を支える取り組みの中で、さらに世界を目指しています。

大学3年生となり、卒業後の進路や2028年ロサンゼルスオリンピックも少しずつ視野に入ってくる時期でしょう。

2026年アジア大会日本代表に選出

そして2026年。

前田凛選手は、地元日本で開催される愛知・名古屋アジア大会女子70kg級の日本代表に選出されました。

環太平洋大学からも現役学生や卒業生が日本代表として出場。

前田選手は女子70kg級を任されました。

21歳にして日本代表。

しかも自国開催のアジア大会です。

普段の国際大会とは違うプレッシャーもあったのではないでしょうか。

ところが大会では、競技とは別の意味でも大きな注目を集める出来事が起こりました。

中国・唐婧の「噛みつき」で異例の反則勝ち

2026年10月1日に行われた女子70kg級準々決勝。

前田凛選手は中国の唐婧(タン・ジン)選手と対戦しました。

試合開始から50秒を過ぎた頃、前田選手が相手を寝技へ持ち込もうとします。

その攻防の中で唐選手が前田選手の左腕に噛みついたと判断される出来事が起こりました。

前田選手はすぐに審判へ左腕を示してアピール。

腕には歯形が確認され、審判団が映像などを確認しました。

その結果、唐選手には反則負けが宣告。

公式記録では1分12秒、前田選手の一本勝ちとなりました。

柔道の試合で「噛みつき」によって反則負けが宣告されるというのは、非常に珍しいケースです。

何より心配だったのは前田選手の状態でした。

突然の出来事で動揺してもおかしくありません。

しかし前田選手は、その後もしっかり試合へ戻っていきます。

アクシデントを乗り越え準決勝も勝利

準々決勝で思わぬアクシデントに見舞われた前田凛選手。

それでも準決勝では北朝鮮のムン・ソンヒ選手と対戦し、勝利。

決勝進出を決め、銀メダル以上を確定させました。

個人的には、この切り替えの早さに前田選手の強さを感じます。

普通なら試合中に腕を噛まれるという想定外の出来事が起きれば、気持ちが乱れても不思議ではありません。

しかもアジア大会という大舞台です。

それでも次の試合では再び柔道に集中し、勝利。

大学プロフィールで自身の性格を「マイペース」と表現していましたが、周囲で何が起きても自分のやるべきことへ戻れる精神的な強さがあるのかもしれません。

アジア大会決勝はカザフスタンのアズハル・アスハット

準決勝を突破した前田凛選手は、女子70kg級決勝へ進出。

決勝ではカザフスタンのアズハル・アスハット選手と対戦します。

中学時代の全国3位。

比叡山高校でインターハイ優勝。

環太平洋大学へ進み、全日本ジュニア優勝。

世界ジュニア混合団体優勝。

グランドスラム・タシケント優勝。

ワールドユニバーシティゲームズ優勝。

そして21歳でアジア大会決勝へ。

一つひとつ積み上げてきた結果が、いまアジアの頂点を争う舞台につながっています。

準々決勝では思わぬアクシデントもありました。

だからこそ最後は、前田選手らしい柔道を思い切り出してほしいですね。

前田凛はロサンゼルス五輪を目指す女子70kg級の注目選手

前田凛選手は2026年10月現在21歳。

2028年ロサンゼルスオリンピック開催時でも22歳です。

女子70kg級の日本代表争いには国内にも多くの強豪がいます。

当然、簡単に代表になれる階級ではありません。

しかし前田選手は大学生ながら、すでにシニアのグランドスラムで優勝・表彰台を経験。

世界のトップ選手とも戦える位置まで来ています。

そして本人が掲げる目標は、

「たくさんの人に応援される選手になる」

こと。

強さだけでなく、応援してもらえる選手を目指す。

その言葉も素敵ですよね。

2026年アジア大会をきっかけに初めて前田凛という名前を知った人もいるでしょう。

これから結果を積み重ねていけば、日本女子柔道を代表する存在になる可能性も十分にあります。

まとめ

今回は「前田凛(柔道)の高校や大学、出身地や両親(父・母)などプロフィールを検証。柔道の実績は?」というテーマで、柔道女子70kg級の前田凛選手について詳しくご紹介しました。

前田凛選手は2005年9月8日生まれの21歳。

愛媛県出身で、三間中学校から滋賀県の比叡山高校へ進学。

2023年にはインターハイ女子70kg級で優勝しました。

高校卒業後は環太平洋大学体育学部競技スポーツ科学科へ進学。

2026年現在は大学3年生です。

柔道を始めたのは3歳。

きっかけは姉の影響だったことも大学の公式プロフィールで明らかになっています。

父親・母親については名前や職業、柔道歴など詳しい情報は公表されていません。

大学進学後は2024年全日本ジュニア優勝、世界ジュニア個人5位・混合団体優勝、グランドスラム東京3位。

2025年にはグランドスラム・タシケントを全試合一本勝ちで制し、ワールドツアー初優勝を果たしました。

同年のFISUワールドユニバーシティゲームズでも全試合一本勝ちで個人優勝。

混合団体でも優勝し、2冠を達成しています。

2026年2月には世界の強豪が集まるグランドスラム・パリで3位。

そして10月1日の愛知・名古屋アジア大会では、準々決勝で中国の唐婧選手による異例の「噛みつき」が反則と判断されるアクシデントもありました。

それでも気持ちを切り替え、準決勝でも勝利。

アジア大会決勝進出を果たし、銀メダル以上を確定させています。

突然の出来事があっても自分を見失わず、次の試合へ集中する。

そんな姿を見ていると、前田凛選手の強さは技術だけではないように感じます。

3歳で柔道を始めた愛媛の少女が、高校日本一となり、大学では世界の舞台へ。

そして21歳でアジアの頂点を争うところまでやってきました。

まだ大学3年生。

前田凛選手の柔道人生は、これからがさらに楽しみです。

2028年ロサンゼルスオリンピックも含め、今後どこまで成長していくのか注目していきたいと思います。