2026年9月28日、愛知・名古屋アジア大会の陸上男子1500mで、日本中距離界にとって歴史的な瞬間が訪れました。
優勝したのは、住友電工に所属する飯澤千翔選手です。
記録は3分36秒35の大会新記録。
日本男子がアジア大会1500mを制するのは、1986年ソウル大会の大志田秀次さん以来、実に40年ぶりの快挙となりました。
しかも同じ日本の森凪也選手が3分37秒92で銅メダル。
男子1500mで日本勢2人が同時にアジア大会の表彰台へ上がるのも60年ぶりという歴史的なレースになりました。
レース後、飯澤選手は「すごくホッとしています」という趣旨のコメントを残しています。
2025年のアジア選手権でも優勝し、日本選手権では3連覇中。
今や日本男子1500mを代表する存在となった飯澤選手ですが、ここまでの道のりは決して順風満帆だったわけではありません。
大学時代には本人が後に「地獄のような思い」と振り返るほど苦しんだ時期もありました。
そしてプライベートでは、2025年10月に自身のInstagramで結婚を報告。
競技だけでなく人生でも大きな節目を迎えています。
「飯澤千翔の出身地はどこ?」
「高校や大学は?」
「箱根駅伝には出たの?」
「彼女と結婚した?」
「奥さんはどんな女性?」
など気になっている方も多いのではないでしょうか。
今回は、飯澤千翔選手の出身地や高校、大学などのプロフィールから、学生時代、住友電工入社後の活躍、結婚、そしてアジア大会金メダルまで詳しくご紹介します。
飯澤千翔のプロフィール!出身地・年齢・所属などを紹介
まずは飯澤千翔選手の基本プロフィールから見ていきましょう。
- 名前:飯澤千翔(いいざわ・かずと)
- 生年月日:2001年2月2日
- 年齢:25歳(2026年10月現在)
- 出身地:神奈川県伊勢原市
- 出身小学校:伊勢原市立大田小学校
- 出身中学校:伊勢原市立伊勢原中学校
- 出身高校:山梨学院高校
- 出身大学:東海大学
- 所属:住友電工
- 専門種目:800m・1500m
- 1500m自己ベスト:3分35秒62
- 800m自己ベスト:1分46秒17
- 3000m自己ベスト:8分07秒06
日本陸上競技連盟では、飯澤選手の出身校を「伊勢原中-山梨学院高-東海大学」と紹介しています。
さらに地元・伊勢原市の公式情報から、大田小学校の卒業生であることも確認できます。
現在は住友電気工業株式会社に所属。
会社では横浜製作所の人事グループに在籍しながら競技を続けています。
趣味は格闘技観戦、好物は鍋。
競技中の鋭い表情とは違って、こうした情報を見ると少し親近感が湧きますよね。
住友電工のプロフィールでは、競技をするうえで大切にしていることについて「感謝を述べること」と答えています。
結果だけではなく、自分を支えてくれる人への感謝を大切にしているところにも飯澤選手の人柄が表れているように感じます。
飯澤千翔の出身地は神奈川県伊勢原市
飯澤千翔選手の出身地は神奈川県伊勢原市です。
伊勢原市も飯澤選手を地元出身のトップアスリートとして応援しており、2025年の東京世界陸上出場時には、市役所や伊勢原駅に応援看板が設置されました。
世界陸上を終えた2025年10月には市長を表敬訪問しています。
小学校は伊勢原市立大田小学校、中学校は伊勢原市立伊勢原中学校。
つまり、高校進学まで地元・伊勢原市で育ったことになります。
アジア王者となった現在でも地元とのつながりが続いているのは素敵ですよね。
飯澤千翔が陸上を始めたのは小学5年生
飯澤千翔選手が陸上競技を始めたのは小学5年生の頃です。
住友電工の公式プロフィールでは、陸上を始めた理由について、
「走る以外に取柄がなく、走ることを極めようと思ったから」
という趣旨の回答をしています。
一見すると少し控えめな言葉ですよね。
しかし、その「走ることを極めよう」と思った少年が、後に日本選手権を何度も制し、アジア大会金メダリストになるのですから人生は分からないものです。
自分の得意なものを見つけ、それを徹底的に磨いていく。
飯澤選手の経歴を見ていると、そんな大切さも感じさせてくれます。
伊勢原中学校時代から全国大会へ
飯澤千翔選手の出身中学校は伊勢原市立伊勢原中学校です。
中学生になると1500mを中心に本格的に結果を残すようになりました。
中学3年だった2015年には、全日本中学校陸上競技選手権の男子1500mに出場。
全国大会の舞台を経験しています。
この頃の1500m年次ベストは4分02秒68。
現在の自己ベスト3分35秒62と比較すると、約27秒もタイムを縮めたことになります。
1500mという短い距離で27秒ですから、その成長幅の大きさが分かりますよね。
中学生の頃から全国レベルではありましたが、最初から日本一だったわけではありません。
そこから高校、大学、社会人と少しずつ成長していった選手です。
飯澤千翔の高校は山梨学院高校
中学校卒業後、飯澤千翔選手は地元・神奈川県を離れ、山梨学院高校へ進学しました。
山梨学院高校といえば、全国高校駅伝の常連として知られる陸上競技の名門校です。
高校1年時の1500m年次ベストは3分53秒54。
高校2年になると3分51秒87。
そして高校3年には3分48秒台まで記録を伸ばしました。
強豪校の環境で練習を重ねながら、一歩ずつ全国トップクラスへ近づいていきます。
高校3年でインターハイ1500m7位
2018年、高校3年生となった飯澤千翔選手はインターハイ男子1500mに出場。
決勝では3分50秒30で7位に入りました。
レースは最初の400mが55秒というハイペース。
飯澤選手は一時、集団の後方まで下がりました。
しかしラスト1周から持ち味のスピードを発揮して追い上げ、7位入賞。
現在の飯澤選手の最大の武器でもある「ラストスパート」の片鱗は、高校時代からすでに見えていたようです。
ただ、高校時代に全国優勝したわけではありません。
飯澤選手が一気に全国トップへ飛び出したのは、東海大学へ進学してからでした。
飯澤千翔の大学は東海大学
山梨学院高校卒業後の2019年4月、飯澤千翔選手は東海大学へ進学しました。
所属したのは体育学部。
東海大学の陸上競技部中・長距離ブロックといえば、箱根駅伝でもおなじみの強豪です。
しかも飯澤選手が入学する直前の2019年1月、第95回箱根駅伝で東海大学は悲願の初優勝を達成していました。
当時のチームには館澤亨次選手、鬼塚翔太選手、關颯人選手など有力ランナーが多数在籍。
非常にレベルの高い環境でした。
そんなチームへ入った1年生の飯澤選手が、入学直後から驚くような結果を残します。
大学1年で館澤亨次を0.01秒差で破る
2019年5月の関東インカレ男子1部1500m決勝。
このレースで飯澤千翔選手は、一気に注目を集めることになります。
最大のライバルとなったのが、同じ東海大学の4年生・館澤亨次選手。
館澤選手は当時、日本選手権1500mを2連覇していた大学中距離界のトップ選手でした。
大学に入ったばかりの飯澤選手にとっては、大先輩でもあります。
しかし最後の直線で飯澤選手が猛追。
飯澤選手が3分56秒80。
館澤選手が3分56秒81。
なんと0.01秒差で飯澤選手が優勝しました。
大学1年生が日本選手権王者を破ったのです。
本人にとっても、このレースは特別だったようです。
後に住友電工のプロフィールで「印象に残っている試合」として2019年関東インカレを挙げています。
このレースをきっかけに、
「1500mで世界の舞台に立ちたい」
「世界で戦えるかもしれない」
と思うようになったそうです。
今では本当に世界選手権へ出場しているのですから、この関東インカレが飯澤選手の競技人生を変えたレースだったのかもしれませんね。
2019年日本インカレ1500mでも優勝
勢いは止まりませんでした。
2019年9月に開催された日本インカレでは、男子1500mで3分43秒07をマークして優勝。
大学1年生で学生日本一となりました。
関東インカレ優勝。
日本インカレ優勝。
入学した年から一気に大学中距離界のトップへ。
ここだけを見ると、このまま順調に世界へ進んでいったように感じます。
ところが、飯澤選手の大学生活はここから苦しい時期に入ります。
大学2年・3年は「地獄のような思い」を経験
大学1年で大活躍した飯澤千翔選手ですが、大学2年、3年になると苦しい時間が続きました。
本人は2022年に日本選手権で初優勝した際、この時期について**「本当に地獄のような思いをしていた」**という趣旨の言葉を残しています。
1年生で一気に結果が出たからこそ、周囲からの期待も大きかったでしょう。
本人自身も「もっと上へ」と考えていたはずです。
それなのに思うような結果が出ない。
若い選手にとって、これは相当苦しい時間だったのではないでしょうか。
それでも競技を諦めませんでした。
2021年、日本インカレでは1500mではなく800mで優勝。
持ち味であるスピードを磨きながら、復活へのきっかけをつかんでいきます。
順風満帆な経歴よりも、一度苦しんでそこから戻ってきた選手の方が、個人的には応援したくなりますね。
大学4年で復活!日本選手権1500m初優勝
2022年、東海大学4年となった飯澤千翔選手は大きく飛躍します。
6月の日本選手権男子1500m。
飯澤選手は3分42秒82で優勝。
念願の日本選手権初優勝を果たしました。
大学1年時には日本選手権で最下位となった経験もありました。
そこから3年。
苦しい時期を乗り越えて、ついに日本一です。
決勝では最後まで冷静にレースを進め、得意のラストスパートで勝負。
本人も「ラストになれば絶対に負けない」という自信を持って走ったことを明かしています。
飯澤選手のレースを見ていると、最後の200m前後から一気にギアが切り替わるような強さがあります。
現在につながる勝ちパターンが、この頃にはかなり完成していたのでしょう。
2022年日本インカレ1500mでも優勝
大学最後のシーズンとなった2022年は、日本インカレ1500mでも優勝。
2019年以来となる同種目の学生日本一に返り咲きました。
さらに10月には1500mで3分36秒55をマーク。
当時の日本歴代2位、日本学生新記録という素晴らしいタイムでした。
大学1年で鮮烈なデビュー。
2、3年では苦戦。
そして4年で日本選手権、日本インカレを制し、日本学生記録まで更新。
こうして振り返ると、飯澤選手の大学4年間はかなりドラマがありますね。
箱根駅伝には出場した?
東海大学出身ということで、
「飯澤千翔は箱根駅伝に出たの?」
と気になる方もいるでしょう。
飯澤選手は東海大学の中・長距離ブロックに所属していましたが、主戦場は1500mや800mなどの中距離種目です。
箱根駅伝は1区間20km前後を走る長距離ロードレース。
1500mを専門とする飯澤選手とは求められる能力が大きく異なります。
そのため箱根駅伝の本大会を走った選手として知られているわけではありません。
「東海大学=箱根」というイメージが強いですが、飯澤選手は同じチームの中で、1500mから世界を目指す道を選んだ選手と考えると分かりやすいでしょう。
そして結果的に、その選択が世界選手権やアジア大会金メダルにつながっています。
大学卒業直前に1マイル室内日本新記録
2023年2月、東海大学卒業を目前にした飯澤千翔選手はアメリカへ遠征。
ボストン大学で行われた室内競技会の男子1マイルに出場しました。
結果は3分56秒01。
当時の室内日本記録3分56秒60を更新する日本新記録を樹立しました。
しかも優勝です。
1マイルは約1609m。
普段走っている1500mより少し長い距離ですが、ここでも持ち前のラストスパートを発揮しました。
大学最後のシーズンで国内トップへ。
そして卒業直前には日本記録。
いよいよ世界を本格的に意識する段階へ入っていきます。
2023年アジア室内選手権で金メダル
1マイル日本新からわずか1週間ほど後。
カザフスタン・アスタナで開催された2023年アジア室内陸上競技選手権男子1500mに出場しました。
飯澤選手は3分42秒83で金メダル。
日本国内だけでなく、アジアの舞台でも頂点に立ちました。
本人は大会後、周囲からマークされる展開の中でも冷静にレースを運べたことを振り返っています。
ラストスパートの速さだけでなく、相手の動きを見ながら勝負できるところも飯澤選手の強みなのでしょう。
住友電工へ入社!世界を目指す実業団選手へ
東海大学卒業後の2023年4月、飯澤千翔選手は住友電工へ入社しました。
住友電工陸上競技部には、日本代表経験を持つ選手も多数在籍しています。
飯澤選手自身も公式プロフィールで、チームの魅力について「世界選手権出場者、オリンピック出場者が多数いるところ」と答えています。
大学時代から目標としてきた「世界で戦う」という夢。
それを実現するための環境として住友電工を選んだのでしょう。
2024年に1500m自己ベスト3分35秒62
2024年6月8日の東海大学長距離競技会。
飯澤千翔選手は1500mで3分35秒62をマークしました。
これが2026年10月現在も自己ベストです。
日本記録は河村一輝選手が持つ3分35秒42。
つまり飯澤選手との差はわずか0秒20です。
1500m日本記録まで、本当にあと一歩。
アジア大会後にも本人は、日本記録更新を次の大きな目標として意識しています。
日本選手権は通算4勝!2024年から3連覇
飯澤千翔選手の日本選手権1500mでの優勝歴を整理すると、
- 2022年:優勝
- 2023年:河村一輝選手が優勝
- 2024年:優勝
- 2025年:優勝
- 2026年:優勝
となっています。
つまり、日本選手権通算4勝、2024年から2026年まで3連覇です。
2022年から4連覇ではないので注意が必要ですね。
2026年大会では3分40秒11で優勝。
大会3連覇と通算4回目の日本一を達成し、愛知・名古屋アジア大会代表に内定しました。
現在の日本男子1500mを語るうえで欠かせない選手になっています。
2025年アジア選手権で優勝
2025年5月、韓国・亀尾で開催されたアジア陸上競技選手権。
飯澤千翔選手は男子1500mに出場しました。
決勝では激しい雨が降る難しいコンディション。
それでも最後に持ち味のラストスパートを発揮し、3分42秒56で優勝しました。
2023年アジア室内選手権に続き、今度は屋外のアジア選手権でも金メダル。
名実ともにアジアトップクラスの1500mランナーとなりました。
2025年東京世界陸上で念願の世界選手権出場
そして2025年9月。
飯澤千翔選手にとって大きな夢だった世界の舞台が実現します。
東京・国立競技場で開催された世界陸上男子1500mの日本代表に選出されました。
結果は予選1組13着、3分41秒76。
残念ながら準決勝進出はなりませんでした。
本人が住友電工のプロフィールで「世界の舞台で戦える選手を目指す」と掲げてきただけに、初めて立った世界選手権は大きな経験になったことでしょう。
アジアでは勝てても、世界ではまだ差がある。
その現実を体感した大会でもあったのかもしれません。
しかし、ここで終わらないのが飯澤選手です。
2026年セイコーゴールデングランプリでも優勝
2026年5月、国立競技場で開催されたセイコーゴールデングランプリ東京。
飯澤千翔選手は男子1500mに出場しました。
結果は3分37秒69で優勝。
海外選手も出場する国際大会で勝利しました。
本人としては日本記録やアジア大会派遣設定記録を狙っていたため、タイムには満足していなかったようです。
それでもタイムだけにこだわらず、最後は「勝負に勝つ」ことへ切り替えて優勝。
こうした判断ができるところも、経験を重ねた現在の飯澤選手の強さでしょう。
2026年アジア大会で40年ぶり金メダル
そして2026年9月28日。
愛知・名古屋アジア大会男子1500m決勝。
飯澤千翔選手が日本陸上界の歴史を動かしました。
予選では余力を残して1着通過。
本人が「4.5割しか出していない」と振り返るほど余裕のある走りでした。
決勝では序盤、同じ日本代表の森凪也選手が積極的にレースを引っ張ります。
最初の400mは56秒。
その後いったんペースが落ち着き、大集団のままラスト1周へ。
インドのグルヴィール・シン選手が仕掛けると、飯澤選手がすぐ後ろにつきます。
そして最後の直線。
飯澤選手が最大の武器であるラストスパートを炸裂。
シン選手を一気にかわして先頭でゴールしました。
タイムは3分36秒35の大会新記録。
シン選手は3分36秒72で銀。
森凪也選手が3分37秒92で銅メダルとなりました。
日本男子1500mでは40年ぶりのアジア大会制覇
日本選手がアジア大会男子1500mで金メダルを獲得するのは、1986年ソウル大会の大志田秀次さん以来40年ぶりです。
さらに日本勢2人が表彰台に上がったのは、1966年バンコク大会以来60年ぶり。
まさに歴史的なレースとなりました。
2025年アジア選手権優勝。
2026年アジア大会優勝。
2つの大きなアジアタイトルを手にしたことで、飯澤選手は名実ともにアジアを代表する中距離ランナーとなりました。
ただ本人が見ているのは、さらにその先です。
現在の自己ベストは3分35秒62。
日本記録3分35秒42まで0秒20。
アジア大会後にも、世界を目指す自覚をさらに持つ必要があるという趣旨の言葉を残しています。
アジア王者になって満足するのではなく、次は世界。
その姿勢が頼もしいですね。
飯澤千翔は彼女と結婚!2025年10月に報告
競技では日本、アジア、そして世界へと挑戦を続ける飯澤千翔選手。
プライベートでも大きな変化がありました。
2025年10月、自身のInstagramで結婚したことを報告しています。
投稿には、
「We got married.」
という言葉とともに、夫婦で結婚を報告する写真が掲載されました。
婚姻届には「令和7年10月6日」の日付も確認でき、2人の左手薬指には指輪。
トップアスリートとして世界を目指す中、人生のパートナーと新しい生活をスタートさせました。
飯澤千翔の嫁はどんな女性?馴れ初めは?
気になる奥様についてですが、2026年10月現在、名前や年齢、職業など詳しいプロフィールは広く公表されていません。
また、
「いつから交際していたのか」
「どこで出会ったのか」
「学生時代からの彼女だったのか」
など、具体的な馴れ初めについても確認できる情報はありませんでした。
そのため、奥様について根拠のない推測をすることは避けたいと思います。
Instagramで結婚を報告している一方で、詳細なプライベートについては公表しないというスタンスなのでしょう。
世界を目指して毎日のように厳しいトレーニングを続けるトップアスリートにとって、家庭で落ち着ける時間は大切だと思います。
結婚した2025年以降、日本選手権3連覇、セイコーGGP優勝、そしてアジア大会金メダルと結果を残している飯澤選手。
もちろん競技成績と結婚を単純に結びつけることはできません。
それでも人生のパートナーを得て、公私ともに新しいステージへ進んでいることは間違いなさそうですね。
飯澤千翔の両親や兄弟など家族は?
飯澤千翔選手の父親・母親や兄弟についても調査しました。
しかし2026年10月現在、ご両親の名前や職業、兄弟構成など、詳しい家族情報は公式プロフィールなどでは公表されていません。
小学生の頃から陸上競技を続け、中学では全国大会、高校では山梨県の山梨学院高校へ進学。
その後は東海大学、住友電工へと進んでいます。
長い競技生活の中では、ご家族によるさまざまなサポートもあったのではないでしょうか。
ただし、公表されていない家族の情報まで無理に詮索する必要はないでしょう。
現在は結婚し、自分自身の家庭も築いている飯澤選手。
これからも競技と家庭を大切にしながら走り続けてほしいですね。
飯澤千翔の強さはラストスパート
飯澤千翔選手のレースを語るうえで外せないのが、強烈なラストスパートです。
2019年関東インカレで館澤亨次選手を0.01秒差でかわしたレース。
2022年日本選手権初優勝。
2023年アジア室内選手権。
2025年アジア選手権。
そして2026年アジア大会。
大きな大会になるほど、最後の200m前後で飯澤選手のスピードが生きています。
1500mは単純に「最初から最後まで速く走ればいい」競技ではありません。
相手との位置関係、ペース、仕掛けるタイミングなど、レース中の駆け引きが非常に重要です。
飯澤選手はその駆け引きの中で最後まで力を残し、一気に勝負を決める能力に優れています。
だからこそ、タイムだけではなく「勝負」に強いのでしょう。
次の目標は1500m日本記録と世界
飯澤千翔選手の1500m自己ベストは3分35秒62。

河村一輝選手が2021年に記録した日本記録3分35秒42との差は、わずか0秒20です。
日本記録更新は十分に現実的な目標になっています。
一方、世界トップレベルの1500mはさらに速く、世界選手権やオリンピックで上位を争うにはもう一段階のレベルアップが必要になります。
2025年には東京世界陸上を経験。
2026年にはアジア大会を制しました。
国内トップ。
アジア王者。
その次に飯澤選手が目指すのは、やはり世界なのでしょう。
住友電工のプロフィールにも、
「世界の舞台で戦える選手を目指して頑張ります!」
とあります。
大学1年だった2019年。
関東インカレで館澤亨次選手を破り、「世界で戦えるかもしれない」と初めて感じた青年が、本当に世界選手権へ出場し、アジア王者になりました。
そう考えると、次の夢にも期待したくなりますね。
まとめ
今回は「飯澤千翔の出身地、高校や大学は?彼女との結婚について」というテーマで、陸上男子1500mの飯澤千翔選手について詳しくご紹介しました。
飯澤千翔選手は2001年2月2日生まれの25歳。
神奈川県伊勢原市出身で、大田小学校、伊勢原中学校を経て山梨学院高校へ進学しました。
高校3年ではインターハイ1500m7位。
高校卒業後は東海大学体育学部へ進みます。
大学1年の2019年関東インカレでは、日本選手権2連覇中だった先輩・館澤亨次選手を0.01秒差で破って優勝。
同年の日本インカレ1500mでも学生日本一となりました。
その後、大学2、3年では苦しい時期も経験しましたが、4年となった2022年に復活。
日本選手権1500mで初優勝し、日本インカレも制覇。
さらに3分36秒55の日本学生記録をマークしました。
大学卒業直前には1マイルで3分56秒01の室内日本新記録。
2023年アジア室内選手権でも金メダルを獲得しました。
卒業後は住友電工へ入社。
日本選手権1500mでは2022年、2024年、2025年、2026年と通算4回優勝し、2024年から現在まで3連覇しています。
2025年にはアジア選手権優勝。
念願だった東京世界陸上にも出場しました。
そして2026年9月28日の愛知・名古屋アジア大会。
3分36秒35の大会新記録で、日本勢40年ぶりとなる男子1500m金メダルを獲得しました。
プライベートでは2025年10月に結婚を報告。
奥様の詳しいプロフィールや馴れ初めについては公表されていませんが、人生のパートナーとともに新しいステージへ進んでいます。
中学時代から全国大会へ出場していたものの、最初から圧倒的な日本一だったわけではありません。
大学では華々しいデビューの後に苦しい時期も経験しました。
それでも諦めずに走り続け、日本王者となり、アジア王者となり、世界選手権へ。
こうして飯澤千翔選手の歩みを追ってみると、結果だけでは見えてこない魅力があります。
自己ベスト3分35秒62。
日本記録まであと0秒20。
次は日本記録、そして世界の舞台でどこまで戦えるのか。
これからの飯澤千翔選手の走りにも注目していきたいと思います。





