近藤隼斗の高校、大学、出身地、妹など家族について。はなわとの関係は?

2026年9月30日、愛知・名古屋アジア大会の柔道会場で、近藤隼斗選手が大きな金メダルをつかみ取りました。

男子60kg級決勝で対戦したのは、カザフスタンのエルドス・スメトフ選手。

スメトフ選手といえば、2024年パリオリンピック男子60kg級の金メダリストです。

そんな世界の頂点に立った強豪を相手に、近藤選手は臆することなく攻め続けました。

試合中盤までに有効を2つ奪ってリードすると、その後も最後まで粘り強く戦い抜き、優勢勝ち。

見事にアジア大会金メダルを獲得しました。

しかも、この日は近藤隼斗選手にとって忘れられない一日になりました。

約30分前には、妹の近藤美月選手が女子48kg級で金メダルを獲得。

続いて兄の隼斗選手も優勝し、近藤兄妹は大会前から目標としていた**「兄妹同日金メダル」**を本当に実現したのです。

幼い頃から同じ柔道に打ち込み、それぞれ別の道を歩みながら日本代表まで上り詰め、同じ日にアジアの頂点へ。

なんだか漫画のようなストーリーですよね。

そんな近藤隼斗選手について、

「高校はどこ?」

「大学は国士舘大学?」

「妹の近藤美月も柔道選手?」

「父親や母親はどんな人?」

「はなわさんとはどんな関係?」

など、気になっている方も多いのではないでしょうか。

今回は近藤隼斗選手の高校や大学、妹など家族について詳しくご紹介。

さらに学生時代から現在までの柔道経歴、パーク24での活躍、そして意外と深い「はなわ家」との関係についても調査しました。

近藤隼斗のプロフィール!年齢・出身地・身長を紹介

まずは近藤隼斗選手の基本プロフィールから見ていきましょう。

  • 名前:近藤隼斗(こんどう はやと)
  • 生年月日:2001年5月15日
  • 年齢:25歳(2026年9月現在)
  • 出身地:佐賀県
  • 階級:男子60kg級
  • 身長:163cmと紹介されている
  • 組み手:左組み
  • 得意技:大内刈
  • 段位:四段
  • 所属:パーク24株式会社
  • 中学校:有田中学校
  • 高校:佐賀工業高校
  • 大学:国士舘大学

全日本柔道連盟の公式プロフィールでは、2001年5月15日生まれ、男子60kg級、四段。

所属はパーク24で、出身校は有田中学校→佐賀工業高校→国士舘大学となっています。

身長は163cm、左組みで得意技は大内刈と紹介されています。

60kg級という軽量級だけに、スピード感あふれる柔道も近藤選手の魅力。

一方で、豪快に相手を投げる力も持っています。

小柄な体から繰り出される思い切りのいい柔道は、見ていて気持ちがいいですよね。

近藤隼斗は7歳から柔道をスタート

近藤隼斗選手は、幼い頃から柔道に取り組んできました。

7歳頃から本格的に柔道を始め、地元佐賀で技を磨いていきます。

小学生時代から全国大会も経験しましたが、最初から全国トップの選手だったわけではありません。

小学6年時には全国小学生学年別柔道大会へ出場したものの、思うような結果を残せなかった大会もありました。

後に高校日本一、そしてアジア大会金メダリストになる選手にも、勝てなかった時代があったのです。

こういう部分を知ると、トップアスリートを見る目もちょっと変わりますよね。

才能だけで一気に駆け上がったのではなく、負けた経験を重ねながら強くなってきた選手なのだと思います。

有田中学校3年で全国中学校柔道大会優勝

近藤隼斗選手の出身中学校は、佐賀県の有田中学校です。

全日本柔道連盟の公式プロフィールでも確認できます。

中学2年時には全国中学校柔道大会66kg級に出場しましたが、上位進出することはできませんでした。

しかし中学3年になると60kg級で全国大会を制覇。

前年の悔しさを見事に晴らしています。

柔道では成長期の体格や減量とのバランスも重要になります。

自分に合った階級で力を発揮し、全国中学校大会の頂点まで上り詰めたことで、その後の柔道人生が大きく開けていきました。

そして中学卒業後、近藤選手は柔道の強豪・佐賀工業高校へ進学します。

佐賀工業高校で才能が開花!全日本カデ優勝

佐賀工業高校へ進学すると、近藤隼斗選手の名前は全国の柔道界で一気に知られるようになります。

高校1年生だった2017年には、全日本カデ柔道体重別選手権大会60kg級で優勝。

しかも初戦から決勝まで、すべて一本勝ちという圧倒的な内容でした。

決勝では相手の裏投げに対して冷静に大内刈で切り返し、一本勝ち。

全日本柔道連盟も当時、その圧倒的な強さを紹介しています。

その結果、日本代表として世界カデ選手権にも出場。

世界カデでは男子60kg級で3位に入りました。

高校1年生ですでに日の丸を背負い、世界大会で銅メダル。

この頃から将来を期待される選手だったことが分かります。

インターハイ60kg級を2連覇

近藤隼斗選手の高校時代を語るうえで欠かせないのが、インターハイでの活躍です。

高校2年生だった2018年、男子60kg級でインターハイ初優勝。

そして高校3年生となった2019年にも優勝し、インターハイ2連覇を達成しました。

2019年大会では48人が出場した60kg級の頂点に立っています。

高校生が全国大会で一度優勝するだけでも大変なことです。

それを翌年も勝ち切るというのは、本当の実力がなければできません。

「前年王者」としてマークされる中で再び優勝したところにも、近藤選手の勝負強さを感じますね。

また、高校時代には全国高校柔道選手権でも日本一を経験。

はなわさんのブログでも、全日本カデ、全国高校選手権、インターハイで日本一になった選手として紹介されています。

2019年アジアジュニアでも優勝

高校3年生だった2019年には、国内だけでなくアジアでも結果を残しました。

アジアジュニア柔道選手権男子60kg級に出場すると、見事に優勝。

3回戦、準決勝、決勝をいずれも一本勝ちで制しています。

決勝ではキルギスの選手を背負投で破りました。

高校時代に国内の主要大会だけでなく国際大会でも優勝していたことを考えると、近藤選手が早い段階から将来の日本代表候補として期待されていたのも納得できます。

佐賀から全国へ。

そして全国から世界へ。

少しずつステージを上げていった高校3年間だったのですね。

近藤隼斗の大学は国士舘大学

佐賀工業高校卒業後、近藤隼斗選手は柔道の名門国士舘大学へ進学しました。

国士舘大学柔道部といえば、数多くのオリンピック選手や日本代表選手を輩出してきた名門です。

全国トップクラスの高校生が集まる環境だけに、入学後は高校時代とはまた違った競争が待っていました。

大学時代も講道館杯など国内トップレベルの大会へ出場。

大学生でありながら社会人選手とも対戦し、日本代表を目指して経験を積んでいきました。

高校時代に全国大会を何度も制した選手でも、シニアカテゴリーに入れば簡単には勝てません。

そんな厳しい環境で4年間を過ごした経験が、現在の近藤選手の土台になっているのでしょう。

2023年杭州アジア大会では7位

大学4年生だった2023年、近藤隼斗選手は杭州アジア大会男子60kg級の日本代表に選ばれました。

2回戦ではクウェートの選手に払腰で一本勝ち。

しかし準々決勝では、東京オリンピック銀メダリストの楊勇緯選手に敗れます。

敗者復活戦へ回りましたが、タジキスタンのメフルゾド・スフィエフ選手に大外刈で一本を奪われ敗退。

最終順位は7位でした。

アジア大会初挑戦は、メダルに届きませんでした。

世界を相手に戦う厳しさを痛感した大会だったのではないでしょうか。

ところが、その3年後。

近藤選手は同じアジア大会へ戻ってきて、今度は金メダルを獲得することになります。

そう考えると、2023年の7位という結果も、2026年の優勝につながる大切な経験だったように感じますね。

国士舘大学卒業後はパーク24へ

国士舘大学卒業後、近藤隼斗選手はパーク24株式会社へ入社しました。

パーク24柔道部は、日本柔道界を代表する強豪実業団の一つ。

多くのトップ選手が所属する恵まれた環境です。

社会人になった近藤選手は、ここからさらに成績を伸ばしていきます。

2024年4月の全日本選抜柔道体重別選手権大会60kg級で優勝。

決勝では福田大和選手を破り、社会人として大きな国内タイトルを獲得しました。

そして2025年の同大会でも優勝。

全日本選抜体重別2連覇を達成しています。

学生時代から期待されていた選手が、社会人になってさらに強くなっていったことが分かります。

2025年は講道館杯・グランドスラム東京も優勝

2025年は近藤隼斗選手にとって飛躍の一年となりました。

4月の全日本選抜体重別で優勝。

6月のグランドスラム・ウランバートルでは2位。

9月のグランプリ青島で優勝。

11月には講道館杯を制し、12月のグランドスラム東京でも優勝しました。

国内だけでなく国際大会でも結果を残し、男子60kg級の日本代表争いで存在感を高めていきます。

特にグランドスラム東京は日本で行われるワールドツアーの大舞台。

そこで優勝したことは大きな自信になったでしょう。

高校時代から何度も日本一になってきた近藤選手ですが、シニアでもトップへ。

積み重ねてきたものが少しずつ形になっていった一年だったと言えそうです。

2026年グランプリ青島でも優勝

2026年2月のグランドスラム・パリでは2回戦敗退となり、悔しい結果に終わりました。

しかし近藤選手はそこで終わりません。

6月のグランプリ青島では再び強さを発揮。

2回戦から決勝まで勝ち上がり、男子60kg級で優勝しました。

準々決勝ではアゼルバイジャン選手に内股で一本勝ち。

準決勝は大外返で技ありを奪って優勢勝ち。

決勝ではイギリスの選手に合わせ技で一本勝ちしています。

この大会では同じパーク24の阿部一二三選手も66kg級で優勝。

世界トップクラスの選手が所属する環境の中で、近藤選手自身も着実に実力を伸ばしていることが分かります。

2026年愛知・名古屋アジア大会で金メダル!

そして2026年9月30日。

近藤隼斗選手は愛知・名古屋アジア大会男子60kg級に出場しました。

3年前の杭州大会では7位。

今度こそメダルを獲得したいという気持ちは強かったでしょう。

ラウンド16ではフィリピンのダリル=ジョン・メルカド選手に一本勝ち。

準々決勝でも中国の馬鈺林選手に一本勝ちします。

準決勝ではウズベキスタンのサマリディン・クチカロフ選手に技ありを奪って優勢勝ち。

そして決勝へ進みました。

決勝はパリ五輪金メダリストのスメトフ!

決勝の相手はカザフスタンのエルドス・スメトフ選手。

スメトフ選手は2024年パリオリンピック男子60kg級金メダリスト。

さらに世界選手権や過去のオリンピックでも実績を持つ、男子軽量級を代表する世界的選手です。

そんな相手に近藤選手は積極的に攻めました。

試合開始から1分48秒ほどで技を仕掛け、有効を獲得。

さらに終盤にも有効を奪い、リードを広げます。

最後はスメトフ選手の内股にも耐え切り、優勢勝ち。

近藤隼斗、アジア大会初優勝。

3年前の杭州大会7位から、ついにアジアの頂点まで上り詰めました。

しかも相手がパリ五輪王者です。

勝った瞬間の喜びは、本人にしか分からないものがあったでしょうね。

負けた大会もあり、代表争いで苦しい時期もあったはずです。

それでも挑戦を続けたからこそ手にできた金メダル。

経歴を最初から追っていくと、こちらまで胸が熱くなります。

妹・近藤美月も柔道日本代表!

近藤隼斗選手を語るうえで欠かせないのが、妹の近藤美月選手です。

美月選手は2004年11月28日生まれ。

2026年9月現在21歳で、東海大学4年。

女子48kg級で活躍しています。

兄の隼斗選手とは約3年半の年齢差があり、報道では「4つ下の妹」と紹介されることもあります。

美月選手も学生時代から全国トップクラスで、高校ではインターハイ48kg級2連覇。

東海大学進学後はシニアでも頭角を現し、グランドスラム・パリなど国際大会でも優勝しています。

兄が男子60kg級。

妹が女子48kg級。

同じ軽量級で世界を目指しているというところも興味深いですね。

近藤隼斗・美月が「兄妹同日金メダル」を達成

2026年愛知・名古屋アジア大会では、兄・隼斗選手と妹・美月選手がそろって日本代表に選出されました。

そして偶然にも、男子60kg級と女子48kg級は同じ9月30日に開催。

兄妹は大会前から**「同日優勝」**を目標にしていました。

まず妹・美月選手が女子48kg級決勝でカザフスタンのアビバ・アブジャキノワ選手に一本勝ち。

金メダルを獲得します。

その約30分後。

今度は兄・隼斗選手が男子60kg級決勝でスメトフ選手に優勢勝ち。

兄妹そろって金メダルという最高の結果になりました。

これは本当にすごいですよね。

妹が先に金メダルを決め、その姿を受けて兄も続く。

子供の頃から同じ柔道に取り組んできた兄妹だからこそ、特別な思いがあったのではないでしょうか。

2026年9月30日は、近藤家にとって一生忘れられない日になったことでしょう。

近藤隼斗の父親や母親はどんな人?

近藤隼斗選手については、父親や母親について検索している人も多いようです。

兄妹そろって柔道日本代表となれば、

「両親も柔道選手だったの?」

と気になりますよね。

しかし今回、全日本柔道連盟やJOCなどの公式情報を中心に調査しましたが、父親・母親の名前や職業、詳しい競技歴などは公表されていません。

そのため、両親について確認できない情報を断定するのは避けたいと思います。

一方、母親については、近藤選手が佐賀工業高校1年生で全日本カデを制した際、はなわさんのブログに登場しています。

当時、減量を続ける息子を支える母親の様子が紹介されていました。

柔道の軽量級では試合だけでなく体重管理も重要です。

高校生の頃から全国、そして世界で戦ってきた近藤選手を、家族も長い間支えてきたのでしょう。

近藤隼斗とはなわの関係は?

近藤隼斗選手について調べると、なぜかお笑い芸人・ミュージシャンのはなわさんの名前が出てきます。

「近藤隼斗とはなわってどんな関係?」

と思った方もいるのではないでしょうか。

実は二人には、柔道を通じた長い交流があります。

そのキーパーソンとなるのが、はなわさんの長男・元輝さんです。

元輝さんも柔道に取り組み、佐賀工業高校柔道部に所属していました。

近藤隼斗選手はその後輩にあたります。

はなわさん自身もブログで近藤選手について、

「長男元輝の後輩の近藤隼斗くん」

と紹介しています。

つまり芸能活動を通じて知り合ったわけではなく、佐賀工業高校柔道部を通じて生まれた縁だったのです。

はなわは高校時代から近藤隼斗を応援

はなわさんは、近藤隼斗選手が高校生だった頃からその活躍を応援していました。

2017年、佐賀工業高校1年だった近藤選手が全日本カデ60kg級で優勝した際には、自身のブログで祝福。

当時から将来のオリンピックを目指す注目選手として紹介しています。

2018年のインターハイで近藤選手が全国優勝した際にも、はなわさんは会場で応援。

ブログには近藤選手への祝福メッセージを掲載しました。

さらに優勝祝賀会にも参加し、長男・元輝さんが後輩の近藤選手から刺激を受けていたことも明かしています。

こうして見ると、一度テレビ番組で共演しただけという関係ではありません。

高校時代から何年にもわたって応援を続けてきたことが分かります。

はなわ家とも交流!正月には柔道対決も

近藤隼斗選手とはなわ家の交流は、高校卒業後も続きました。

2020年1月には、はなわさんがブログで近藤選手を「柔道ジュニア王者」として紹介。

はなわさんの妻と近藤選手が柔道対決をするという、なんとも微笑ましい企画も行われています。

さらに佐賀工業高校柔道部のOB会でも、はなわさんと近藤選手が再会。

一緒に写真に収まるなど、交流が続いていることが確認できます。

トップアスリートとしての近藤隼斗選手だけを見ていると、なかなか想像できない一面ですよね。

高校時代の先輩とその家族との縁が、大人になってからも続いている。

こういうエピソードを知ると、近藤選手が少し身近に感じられます。

はなわの長男・元輝とは佐賀工業高校柔道部の先輩後輩

改めて整理すると、

はなわさんの長男・元輝さん=佐賀工業高校柔道部の先輩

近藤隼斗選手=その後輩

という関係です。

元輝さんも高校卒業後は国士舘大学へ進学しました。

近藤選手も後に国士舘大学へ進学しており、高校だけでなく大学も同じ柔道の名門を選んでいます。

はなわさんのブログには、近藤選手を家族ぐるみで応援する様子が何度も登場しています。

つまり「近藤隼斗とはなわの関係」は、

佐賀工業高校柔道部をきっかけに生まれた、長男・元輝さんを通じた長年の交流

と考えるのが一番分かりやすいでしょう。

有名人とアスリートというより、「息子の大切な後輩をずっと応援している」という関係に近いのかもしれませんね。

近藤隼斗は2028年ロサンゼルス五輪を目指す

2026年9月現在、近藤隼斗選手は25歳。

次の大きな目標となるのが、2028年ロサンゼルスオリンピックです。

日本男子60kg級は伝統的に選手層が厚く、代表争いを勝ち抜くこと自体が非常に難しい階級です。

近藤選手も2023年杭州アジア大会では7位、2026年グランドスラム・パリでは早い段階で敗れるなど、決してすべての大会で勝ち続けてきたわけではありません。

それでも、

2024年全日本選抜体重別優勝。

2025年全日本選抜体重別優勝。

2025年グランプリ青島優勝。

2025年講道館杯優勝。

2025年グランドスラム東京優勝。

2026年グランプリ青島優勝。

そして2026年アジア大会優勝。

国内外でこれだけの実績を積み重ねています。

さらにアジア大会決勝ではパリ五輪王者スメトフ選手を破りました。

もちろん、この一勝だけでロサンゼルス五輪代表が決まるわけではありません。

これからも厳しい国内代表争いが続きます。

だからこそ楽しみですよね。

中学生で全国制覇。

高校でインターハイ2連覇。

大学でアジア大会を経験。

社会人になって国内外のタイトルを重ね、25歳でアジア大会金メダル。

少し遠回りをしながらも、一歩ずつ世界の頂点へ近づいているように感じます。

まとめ

今回は「近藤隼斗の高校、大学、妹など家族について。はなわとの関係は?」というテーマで、柔道男子60kg級の近藤隼斗選手について詳しくご紹介しました。

近藤隼斗選手は2001年5月15日生まれの25歳。

佐賀県出身で、有田中学校、佐賀工業高校、国士舘大学を経て、現在はパーク24に所属しています。

中学3年時に全国大会を制すると、佐賀工業高校では全日本カデ優勝、世界カデ3位、インターハイ2連覇など素晴らしい実績を残しました。

2019年にはアジアジュニアでも優勝。

大学時代も日本代表として経験を積み、2023年杭州アジア大会に出場しましたが、結果は7位。

その悔しさも経験しています。

大学卒業後はパーク24に所属し、2024年、2025年の全日本選抜体重別を連覇。

2025年にはグランプリ青島、講道館杯、グランドスラム東京でも優勝し、2026年6月のグランプリ青島も制しました。

そして2026年9月30日。

愛知・名古屋アジア大会男子60kg級決勝で、パリ五輪金メダリストのエルドス・スメトフ選手を破り、ついにアジア大会金メダルを獲得しました。

さらに約30分前には、妹・近藤美月選手も女子48kg級で優勝。

兄妹が大会前から目標としていた**「兄妹同日金メダル」**を実現しました。

また、はなわさんとの関係については、はなわさんの長男・元輝さんと近藤選手が佐賀工業高校柔道部の先輩後輩だったことがきっかけ。

はなわさんは近藤選手が高校生の頃から大会を応援し、その後も家族ぐるみで交流を続けています。

高校時代から応援してきた人たちにとって、今回のアジア大会金メダルは特別にうれしかったでしょうね。

3年前の杭州大会では7位。

そして2026年、妹と一緒にアジアの頂点へ。

近藤隼斗選手の柔道人生は、まだまだ続きます。

次に目指すのは2028年ロサンゼルスオリンピック。

近藤美月選手との兄妹そろっての活躍も含め、これからの近藤隼斗選手に注目していきたいと思います。