2026年9月27日、東京・TOYOTA ARENA TOKYO(トヨタアリーナ東京)で行われる「Prime Video Boxing 16」で、坪井智也選手がリカルド・マラジカ選手とのWBC世界スーパーフライ級王座決定戦に臨みます。
プロ転向からわずか5戦目での世界挑戦となり、勝てば日本人男子最速タイとなるプロ5戦目での世界王座獲得という大記録。
アマチュア時代には世界選手権を制した実力者でありながら、なぜかオリンピックには縁がなかった坪井選手。
しかし、その実力は折り紙付きで、帝拳ジムの本田明彦会長からも高く評価されている逸材です。
今回はそんな坪井智也選手について、出身地や高校、血液型、父親などのプロフィールから、アマチュア時代の輝かしい実績、そしてプロ転向後の戦績まで詳しくご紹介していきます。
坪井智也選手の基本プロフィール
まずは坪井智也選手の基本的なプロフィールから見ていきましょう。
- 名前:坪井 智也(つぼい ともや)
- 生年月日:1996年3月25日
- 年齢:30歳(2026年9月現在)
- 身長:161㎝
- 出身地:静岡県浜松市
- 国籍:日本
- 血液型:B型
- 所属:帝拳ボクシングジム
- アマチュア戦績:131戦106勝25敗
- プロ戦績:4戦3勝(2KO)1無効試合(2026年9月26日現在)
- 趣味:カフェ巡り
- 憧れのボクサー:村田諒太
帝拳ジムの公式プロフィールでは、坪井選手の血液型はB型と紹介されています。
また「ボクシングを始めたきっかけ」については「人間的に強くなるため」、将来の夢については「カッコ良い大人になりたい」と回答しています。
世界選手権で金メダルまで獲得した選手が「カッコ良い大人になりたい」と答えているところには、どこか坪井選手らしい親しみやすさを感じますね。
一方、お父様については、現時点で信頼できる公式プロフィールや主要メディアのインタビューなどから詳しい人物像を確認することはできませんでした。
坪井選手は競技実績について語られる機会が非常に多い一方、ご両親など家族に関する情報はあまり公表していないようです。
世界王者となればメディアへの露出もさらに増えていくでしょうから、今後インタビューなどで家族について語られる機会があるかもしれませんね。
また、坪井選手は1996年3月25日生まれですが、早生まれのため学年では「1995年度生まれ」にあたります。
この世代には田中恒成選手、比嘉大吾選手、山中竜也選手、井上拓真選手、岩田翔吉選手、岡澤セオン選手など、日本ボクシング界を代表する実力者が数多く存在しています。
「黄金の1995世代」と呼ばれることもある豪華な世代ですが、坪井選手も間違いなくその中心選手の一人といえるでしょう。
極真空手から転向!浜松工業高校時代のアマチュア実績
坪井選手の格闘技人生は、実はボクシングから始まったわけではありません。
小学2年生から小学5年生までは極真空手(松井派)に打ち込み、少年の部で全国3位という好成績を残しています。
小学生で全国3位ですから、この頃からすでに格闘技の才能を発揮していたことが分かりますね。
ボクシングへ転向したのは小学6年生の時。
地元・浜松市にあるアマチュアボクシングジム「リード」で本格的にボクシングをスタートさせました。
その後は静岡県立浜松工業高等学校へ進学し、ボクシング部に所属。
高校時代には全国大会で上位に進出し、3年時の国体ライトフライ級では準優勝するなど、全国トップクラスの選手へと成長していきました。
なお、出身中学校については、信頼できる公式資料などでは学校名を確認できませんでした。
空手で培った打撃競技の感覚や精神面が、その後のボクシング人生にも生かされているのかもしれません。
小学生時代の極真空手全国3位から、後にボクシング世界選手権の金メダリストになるのですから、振り返ってみると幼少期から一本の線でつながっているようにも感じますね。
日本大学時代に谷口将隆と京口紘人を破って全日本選手権優勝
高校卒業後、坪井選手はボクシングの名門・日本大学へ進学します。
ここから坪井選手のアマチュアボクサーとしての才能が一気に開花しました。
2014年、大学1年生で出場した全日本選手権ライトフライ級では、準決勝で谷口将隆選手、決勝で京口紘人選手を破って初優勝。
ボクシングファンなら、この2人の名前を見ただけでも坪井選手の凄さが分かるのではないでしょうか。
谷口選手は後にWBO世界ミニマム級王者、京口選手も世界2階級制覇を達成しています。
つまり坪井選手は大学1年生の時点で、後のプロ世界王者2人を同じ大会で破って日本一になったことになります。
その後も2015年、2016年、2017年と全日本選手権を制し、大学4年間で全日本選手権4連覇を達成しました。
さらに関東大学ボクシングリーグ戦でも大学4年間を無敗で駆け抜け、20戦全勝という素晴らしい成績を残しています。
大学時代の実績だけを見ても、すでに「将来の世界クラス」と呼ぶにふさわしい選手だったことが分かりますね。
リオ五輪、東京五輪と2大会連続で代表入りを逃す
しかし、これほど国内で圧倒的な実績を残していた坪井選手にも、どうしても手が届かなかった舞台がありました。
それがオリンピックです。
2016年リオデジャネイロ五輪では代表選考から外れ、柏崎刀翔選手が五輪予選代表に選ばれました。
大学卒業後の2018年からは自衛官となり、自衛隊体育学校に所属。
今度こそオリンピックへ――。
そんな思いで東京五輪を目指しますが、東京大会ではライトフライ級が実施階級から外れたため、フライ級へ階級を上げることになります。
そして2019年の全日本選手権フライ級決勝で田中亮明選手と対戦。
結果は2-3の僅差判定で敗れ、東京五輪への道を絶たれてしまいました。
ちなみに田中亮明選手は、その後の東京オリンピックで銅メダルを獲得しています。
坪井選手は日本大学のインタビューで、東京五輪を逃した際には競技をやめることまで考えたと振り返っています。
国内トップクラスの実力を持ちながら、2大会続けてオリンピックに出場できなかったのですから、その悔しさは想像以上だったことでしょう。
それでもボクシングを続けたことが、後の歴史的快挙につながることになります。
2021年世界選手権で日本人初の金メダルを獲得
坪井選手のアマチュアキャリア最大のハイライトとなったのが、2021年11月にセルビア・ベオグラードで開催された男子世界選手権です。
バンタム級に出場した坪井選手は、世界の強豪を次々と撃破。
2回戦では2016年リオデジャネイロ五輪フライ級金メダリストのシャホビディン・ゾイロフ選手を破る大金星を挙げました。
さらに勝ち進んだ決勝では、カザフスタンのマフムド・サビルカン選手に5-0の判定勝ち。
岡澤セオン選手とともに、日本ボクシング史上初となる男子世界選手権金メダルを獲得しました。
それまで日本勢の世界選手権最高成績は、2011年大会で村田諒太さんが獲得した銀メダルでした。
つまり坪井選手と岡澤選手は、日本ボクシング界の歴史を塗り替えたことになります。
坪井選手には優勝賞金10万ドル、当時の日本円で約1100万円以上が贈られました。
東京五輪に出場できず、一時は競技をやめることまで考えていた選手が、その直後に世界一になる――。
このエピソードを知ると、本当に「続けることの大切さ」を感じますね。
オリンピックには出られなくても、世界選手権では金メダリスト。
坪井智也というボクサーの実力を象徴するような結果だったのではないでしょうか。
杭州アジア大会で銅メダルもパリ五輪出場権には届かず
世界選手権優勝後も、坪井選手は2024年パリオリンピック出場を目指してアマチュア競技を続けました。
2018年のジャカルタ・パレンバンアジア大会では男子ライトフライ級49kg級で2回戦敗退。
その後、2023年の杭州アジア大会では男子51kg級で銅メダルを獲得しています。
しかし、杭州アジア大会ではパリ五輪出場権獲得には届きませんでした。
2023年11月には全日本選手権を制して再び五輪予選への道をつなぎ、2024年の世界予選へ挑戦。
そして最後のチャンスとなったのが、2024年5月にタイ・バンコクで行われたパリ五輪第2次世界最終予選でした。
ところが現地入りした坪井選手を体調不良が襲います。
日本ボクシング連盟は、医学的な見解も踏まえ、坪井選手本人とチームで協議した結果、最終予選を棄権することを発表。
これによりパリ五輪出場の可能性が消滅しました。
リオ、東京、そしてパリ。
世界選手権で金メダルを獲得するほどの実力を持ちながら、3大会続けてオリンピックのリングに立つことはできませんでした。
「世界一になれても五輪には出られない」。
スポーツの世界では実力だけではどうにもならない巡り合わせがあるのだと、坪井選手のキャリアを見ると改めて感じさせられます。
2024年6月にアマチュア引退を表明
パリ五輪への道が途絶えた後、2024年6月6日に坪井選手はアマチュアボクシングからの引退を表明しました。
長年にわたり日本アマチュアボクシング界のトップを走り続け、世界選手権金メダルという歴史的な実績まで残した坪井選手。
アマチュア通算戦績は131戦106勝25敗。
一時はボクシングそのものから離れることも考えていたようですが、同じ1995年度生まれの選手たちがプロの世界で活躍する姿にも刺激を受け、再びリングを目指すことになります。
そして2024年末に自衛隊を退職。
2025年1月、帝拳ジムへの所属とプロ転向が正式に発表されました。
ここから坪井智也選手の「第二のボクシング人生」が始まります。
帝拳ジムからプロ転向!本田明彦会長も実力を絶賛
坪井選手のプロ転向は、ボクシング関係者からも大きな注目を集めました。
中でも帝拳ジムの本田明彦会長は坪井選手について、
「過去うちにきたアマチュアの中で坪井が最強ですよ」
と高く評価しています。
数多くの世界王者を育ててきた帝拳ジムの本田会長からここまで言われるのですから、期待の大きさが伝わってきますね。
坪井選手自身も、アマチュアで身につけたものにプロで必要な技術をミックスし、自分のボクシングを作っていきたいという趣旨の発言をしています。
長いアマチュア経験があるとはいえ、プロではラウンド数やグローブ、試合運びなど異なる部分も少なくありません。
それでも坪井選手は、驚くほどのスピードで世界タイトル戦まで駆け上がることになります。
坪井智也のプロ戦績!デビュー2戦目でアジア王座獲得

坪井選手は2025年2月にプロテストに合格し、同年3月13日にプロデビュー。
ここからの歩みはまさに異例のスピードでした。
2025年3月13日・ブーンルエン・ファヨン戦
プロデビュー戦ではタイのブーンルエン・ファヨン選手と対戦。
坪井選手は2回TKO勝利を収め、華々しいプロデビューを飾りました。
2025年6月8日・バン・タオ・トラン戦
わずかプロ2戦目でWBOアジアパシフィック・バンタム級王座決定戦に出場。
ベトナムのバン・タオ・トラン選手を10回判定で破り、早くもプロ初タイトルとなるWBOアジアパシフィック王座を獲得しました。
デビュー2戦目でアジアタイトルというだけでも、通常のプロボクサーとはまったく違うスピードですね。
2025年11月24日・カルロス・クアドラス戦
プロ3戦目では、元WBC世界スーパーフライ級王者カルロス・クアドラス選手と対戦。
世界トップレベルで長年戦ってきたクアドラス選手を相手に8回TKO勝利を収め、一気に世界戦線へ浮上しました。
アマチュア世界王者とはいえ、プロ3戦目で元世界王者をTKOしてしまうのですから驚きです。
2026年4月11日・ペドロ・ゲバラ戦
プロ4戦目では、元WBC世界ライトフライ級王者ペドロ・ゲバラ選手と対戦しました。
しかし2回、偶然のバッティングによってゲバラ選手が試合続行不能となり、試合は無効試合となりました。
そのため2026年9月26日現在の公式戦績は、
4戦3勝(2KO)1無効試合
となっています。
負けは一度もありません。
そして次の試合が、いよいよ世界タイトルマッチです。
9月27日リカルド・マラジカとWBC世界王座決定戦
2026年9月27日、坪井選手は東京・TOYOTA ARENA TOKYOで開催される「Prime Video Boxing 16」に出場します。
対戦相手は南アフリカのリカルド・マラジカ選手。
WBC世界スーパーフライ級王座決定戦として行われます。
WBCが2026年9月に発表しているランキングでは、
坪井智也選手が1位、リカルド・マラジカ選手が2位。
まさに世界ランキング1位と2位による新王者決定戦です。
この王座は、前王者ジェシー・“バム”・ロドリゲス選手がバンタム級へ階級を上げるため、2026年6月にWBC世界スーパーフライ級王座を返上したことで空位となりました。
ロドリゲス選手はその後、WBA世界バンタム級王者アントニオ・バルガス選手を6回KOで破り、世界3階級制覇を達成しています。
その世界トップクラスのボクサーが残したベルトを巡って、坪井選手とマラジカ選手が争うことになります。
マラジカ選手の戦績は19戦17勝(12KO)2敗。
プロ経験では坪井選手を大きく上回るだけに、アマチュアで世界のトップと戦ってきた坪井選手の技術が、プロ経験豊富なマラジカ選手を相手にどこまで通用するのかも大きな見どころになりそうです。
勝てばプロ5戦目で世界王者!日本人男子最速タイ記録へ
坪井選手にとって今回がプロ5戦目。
ここで世界王座を獲得すれば、日本人男子のプロ最速タイとなる5戦目での世界王座獲得となります。
WBCも坪井選手について、今回勝利すればプロ5戦目での世界王座獲得という日本記録に並ぶことを紹介しています。
アマチュア時代には世界選手権で頂点に立ちながら、最後までオリンピックには出場できなかった坪井選手。
それがプロへ転向すると、今度はわずか5戦目で世界王座に挑戦することになりました。
何とも不思議なボクシング人生ですよね。
オリンピックという扉には何度挑戦しても手が届かなかった一方、プロでは驚くほどのスピードで世界への扉が開きました。
これまで積み重ねてきた131戦ものアマチュア経験があるからこそ、プロ5戦目でも世界タイトルに挑めるのでしょう。
「プロ5戦目」という数字だけを見ると異例のスピード出世ですが、坪井選手の場合は決して経験の浅い選手ではありません。
むしろ世界選手権優勝を含む長いアマチュアキャリアの集大成として迎える世界戦と考えた方がよさそうです。
坪井智也が世界王者になれば1995世代はさらに豪華に
坪井選手が世界王者になれば、「黄金の1995世代」にまた一人世界チャンピオンが加わることになります。
田中恒成選手、比嘉大吾選手、山中竜也選手、井上拓真選手、岩田翔吉選手など、同学年にはプロの世界王者経験者が数多く存在します。
坪井選手はアマチュアで世界一になりながら、同世代の選手たちがプロで世界タイトルを獲得していく姿を見てきました。
そして30歳となった今度は、自らがプロの世界王座へ挑戦します。
決して早いプロ転向ではありませんでした。
しかし遠回りしたからこそ、坪井選手にしか歩めなかったキャリアがあるようにも思います。
オリンピックには一度も出場できなかった世界選手権金メダリストが、プロ転向からわずか5戦目で世界王者になる――。
もし実現すれば、これもまた坪井智也選手らしいドラマチックな物語になりそうですね。
まとめ
今回は、世界初挑戦を迎える坪井智也選手について、出身地や高校、血液型、父親などのプロフィールから、アマチュア時代、プロ転向後の戦績まで詳しくご紹介しました。
坪井選手は1996年3月25日生まれ、静岡県浜松市出身。
血液型はB型で、小学2年生から極真空手に取り組み、小学6年生からボクシングを始めました。
浜松工業高校から日本大学へ進学すると、全日本選手権4連覇を達成。
2018年からは自衛隊体育学校に所属し、2021年の世界選手権では岡澤セオン選手とともに日本勢初となる金メダルを獲得する歴史的快挙を成し遂げています。
一方でリオ、東京、パリと3大会続けてオリンピック出場には届きませんでした。
2024年にアマチュアを引退した後、2025年から帝拳ジム所属のプロボクサーとして新たな道をスタート。
デビュー戦を2回TKOで飾ると、2戦目でWBOアジアパシフィック・バンタム級王座を獲得し、3戦目では元世界王者カルロス・クアドラス選手にもTKO勝利。
そして2026年9月27日、プロ5戦目でリカルド・マラジカ選手とのWBC世界スーパーフライ級王座決定戦に挑みます。
世界選手権を制するほどの実力を持ちながら、一度も立つことができなかったオリンピックの舞台。
しかし、その悔しさを乗り越えて選んだプロの世界では、わずか5戦目で世界タイトルが目の前までやってきました。
長いアマチュア生活で積み重ねてきたものが、ようやくプロのリングで大きな花を咲かせようとしています。
9月27日、坪井智也選手が念願の世界チャンピオンベルトを腰に巻くことができるのか。
その瞬間を楽しみに見届けたいですね。




