柔道・斉藤立の家族構成!父親(斉藤仁)の教えや母親・兄の存在は?身長・中学高校・大学の経歴まとめ

日本柔道界の最重量級、男子100kg超級で活躍する斉藤立(さいとう・たつる)選手!

190cmを超える恵まれた体格と、巨体からは想像できないほどの柔らかな身のこなしを武器に、世界の強豪選手たちと戦い続けています。

2022年には全日本柔道選手権で初優勝し、史上初となる親子2代での全日本制覇を達成。

2024年のパリオリンピックでは、男子100kg超級で5位、混合団体では銀メダルを獲得しました。

そんな斉藤立選手ですが、その名前を聞くと、やはり偉大な父親の存在を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

父親は、1984年ロサンゼルス五輪と1988年ソウル五輪で2連覇を果たした、伝説の柔道家・斉藤仁(さいとう・ひとし)さんです。

しかし、立選手がまだ12歳だった2015年1月、仁さんは54歳という若さで亡くなりました。

それから立選手は、父親への思いを胸に、柔道家として成長を続けてきました。

また、父親が亡くなった後には、母親の三恵子さんや兄の一郎さんが、立選手を支えてきました。

ネット上でも、

「斉藤立選手の父親・母親・兄弟など家族構成は?」

「父・斉藤仁さんが最後に残した言葉は?」

「母親の三恵子さんは元CAって本当?」

「兄の一郎さんも柔道をしていたの?」

「身長や体重、出身中学・高校・大学は?」

といった疑問が多く見られます。

そこで今回は、斉藤立選手の家族構成を中心に、父・斉藤仁さんとの絆、母親・三恵子さんや兄・一郎さんの存在、学歴やプロフィール、そして2026年の最新状況まで詳しく調査しました。

調べてみると、華々しい実績の裏側には、家族との別れやけがなど、決して平坦ではない道のりがありました。

ぜひ最後までご覧ください!

斉藤立の基本プロフィール!身長・体重や現在の所属先は?

まずは、斉藤立選手の基本プロフィールから見ていきましょう。

斉藤立の年齢・身長・体重などプロフィール一覧

項目 詳細
名前 斉藤立(さいとう・たつる)
生年月日 2002年3月8日
年齢 24歳(2026年11月現在)
出身地 大阪府
身長 約191~192cm
体重 約165~170kg(時期により変動)
血液型 O型
階級 男子100kg超級
組み手 左組み
得意技 内股・体落
出身中学校 上宮中学校(現・上宮学園中学校)
出身高校 国士舘高等学校
出身大学 国士舘大学
現在の所属 ジャパンエレベーターサービスホールディングス(JES)
主な実績 2022年全日本選手権優勝、2022年世界選手権銀メダル、2024年パリ五輪混合団体銀メダル

斉藤立選手は、2002年3月8日生まれの24歳です。

大阪府出身で、幼い頃から柔道に親しんできました。

身長は約191~192cm、体重は約165~170kg。

体重については大会や取材時期によって変動があり、2022年には170kgと報じられたこともあります。

一般的な成人男性と比べると、まさに規格外の体格ですよね。

ただ、斉藤選手の魅力は体の大きさだけではありません。

父・斉藤仁さんから受け継いだ柔らかな体の使い方や、重量級らしい迫力のある投げ技も大きな武器です。

得意技は内股・体落!父親譲りの正統派柔道

斉藤立選手の所属先であるJES柔道部の公式プロフィールでは、得意技として「内股」と「体落」が紹介されています。

特に体落は、父・斉藤仁さんから受け継いだ技として知られています。

大柄な選手が相手を力任せに倒すのではなく、体の使い方やタイミングを生かして投げる姿は、柔道の奥深さを感じさせます。

また、立選手は左組みで、内股や体落だけでなく、大内刈なども使いながら試合を組み立てます。

最重量級の試合は、互いに体が大きい選手同士の戦いです。

そのため、少しの体勢の崩れが勝敗を左右することもあります。

そんな中で豪快な一本が決まる瞬間は、本当に迫力がありますよね。

現在の所属はジャパンエレベーターサービスホールディングス!

斉藤立選手は、国士舘大学を卒業した2024年に、ジャパンエレベーターサービスホールディングスへ入社しました。

現在は同社の柔道部に所属しています。

JESは、エレベーターなどの保守・メンテナンス事業を手がける企業です。

柔道部には多くの実力選手が所属しており、国内大会や国際大会で活躍しています。

立選手も大学卒業後は実業団選手として競技を続け、2025年の講道館杯で優勝。

2026年9月には、けがからの復帰戦となった全日本実業個人選手権で優勝しました。

大学時代とは異なる環境で、新たな挑戦を続けているのですね。

斉藤立の家族構成!父親・母親・兄・本人の4人家族

続いて、今回の記事の中心となる家族構成について見ていきましょう。

斉藤立選手は、父親、母親、兄、本人の4人家族で育ちました。

続柄 名前 主なプロフィール
父親 故・斉藤仁さん 五輪2連覇の柔道家。2015年1月20日に54歳で死去
母親 斉藤三恵子さん 元客室乗務員。父親の死後も兄弟を支えた
兄 斉藤一郎さん 立選手の3学年上。国士舘中学・高校で柔道部に所属
本人 斉藤立選手 男子100kg超級で活躍する柔道家

柔道界の歴史に名を残した父親と、その背中を追い続ける息子。

そして、家族を支えてきた母親と兄。

斉藤家の歩みを知ると、立選手が畳に上がる姿も、また違ったものに見えてきます。

父親の死後は母親と兄が立選手を支えた

2015年1月、父・斉藤仁さんが亡くなった時、立選手はまだ中学1年生でした。

家族にとって、あまりにも大きな出来事だったことでしょう。

それでも、立選手は柔道を続けました。

母親の三恵子さんは息子の成長を見守り、兄の一郎さんも大切な家族として支えてきました。

2022年の全日本柔道選手権で立選手が初優勝した際には、観客席で見守っていた三恵子さんと一郎さんが抱き合って涙を流したと報じられています。

その場面を想像するだけでも、胸が熱くなりますよね。

家族にとって、全日本優勝は単なるスポーツの結果ではなかったのかもしれません。

斉藤立の父親は五輪2連覇の斉藤仁!偉大な柔道家の経歴

斉藤立選手の父親は、柔道界のレジェンドとして知られる斉藤仁さんです。

まずは、その輝かしい経歴を振り返ってみましょう。

父・斉藤仁はロサンゼルス・ソウル五輪で2連覇!

斉藤仁さんは、1984年のロサンゼルスオリンピックで男子95kg超級の金メダルを獲得しました。

さらに1988年のソウルオリンピックでも同階級で優勝。

見事、オリンピック2連覇を達成しました。

当時の男子最重量級は、日本柔道界にとって特に期待の大きい階級でした。

その重圧の中で2大会連続の金メダルを獲得した仁さんは、日本柔道の歴史に名を刻む存在となりました。

また、1988年には全日本柔道選手権でも優勝しています。

現役引退後は指導者として活躍し、男子日本代表監督などを務めました。

選手としても指導者としても、日本柔道界を支えた人物だったのですね。

父親は厳しい指導者!自宅にも柔道の練習環境

斉藤仁さんは、厳しい稽古を重視する指導者として知られていました。

自宅にも柔道の練習ができる環境を整え、息子たちの成長を見守っていたと紹介されています。

立選手も、幼い頃から父親や兄の影響を受けて柔道を始めました。

ただし、偉大な父親を持つことは、必ずしも良いことばかりではなかったはずです。

「斉藤仁の息子」という名前は、大きな期待と同時にプレッシャーにもなったことでしょう。

それでも立選手は、父親と同じ柔道の道を選びました。

父親の背中を追いながら、自分自身の柔道を作り上げていったのですね。

父・斉藤仁が最後に残した言葉は「稽古、行け」だった!

斉藤立選手と父親のエピソードで、特に胸を打つのが、仁さんが亡くなる直前の出来事です。

2015年1月20日、父・仁が54歳で死去

父・斉藤仁さんは、2015年1月20日、肝内胆管がんのため54歳で亡くなりました。

当時、立選手は12歳。

中学1年生の冬でした。

まだまだ父親から柔道を教わりたかった年齢だったことでしょう。

父親の死は、立選手にとって計り知れない悲しみだったはずです。

父親が病床で伝えた最後の言葉

仁さんが亡くなる前日の2015年1月19日、病床で立選手にかけた最後の言葉は、次のものでした。

「稽古、行け」

立選手は、その言葉に対して、

「お父さんみたいに強くなるから」

と答えたと報じられています。

柔道に人生を捧げてきた父親らしい、短くも重みのある言葉ですよね。

長い説明や励ましではなく、最後まで稽古を大切にするよう伝えた仁さん。

そして、父親のように強くなると約束した立選手。

この親子のやり取りを知ると、胸がいっぱいになります。

父親の死をきっかけに柔道への向き合い方が変化

父親が亡くなった後、立選手の柔道に対する姿勢にも変化があったそうです。

母親の三恵子さんは、立選手が自分から厳しい練習に取り組むようになったと振り返っています。

また、父親の現役時代の試合映像を見て、柔道への思いを強くしたことも紹介されています。

特に1988年の全日本選手権で仁さんが優勝した映像は、立選手にとって大きな刺激になりました。

父親のように強くなりたい。

その思いが、つらい練習やけがを乗り越える力になっていったのでしょう。

斉藤立が2022年に史上初の親子2代全日本制覇!

父親との約束を胸に成長してきた斉藤立選手。

その努力が大きな形となったのが、2022年4月29日の全日本柔道選手権でした。

20歳で全日本柔道選手権初優勝!

2022年の全日本柔道選手権で、立選手は初優勝を果たしました。

決勝では影浦心選手と対戦。

強豪選手たちを相手に勝ち上がり、見事、日本一の座をつかみました。

当時20歳1か月。

全日本選手権の優勝者としては、歴代でも非常に若い年齢での快挙でした。

さらに、この優勝には特別な意味がありました。

父・斉藤仁さんも、1988年の全日本選手権で優勝していたのです。

日本柔道史上初の父子による全日本優勝

立選手の優勝によって、史上初となる親子2代での全日本柔道選手権制覇が実現しました。

父・仁さんが1988年に優勝してから34年。

今度は息子の立選手が、同じ大会で頂点に立ったのです。

父親が生きていたら、どれほど喜んだことでしょう。

2022年の優勝後、母親の三恵子さんは、亡くなった仁さんも一緒にいたように感じたという趣旨の言葉を語っています。

それまでの苦労を知っている家族にとって、忘れられない瞬間だったのでしょう。

母親と兄が抱き合って涙を流した!

2022年の全日本選手権では、観客席で見守っていた母親の三恵子さんと兄の一郎さんが、立選手の優勝を喜び、抱き合って涙を流したと報じられています。

父親を亡くしてから7年。

立選手が積み重ねてきた努力を、誰よりも近くで見てきた家族です。

優勝が決まった瞬間には、さまざまな思いが込み上げてきたのではないでしょうか。

家族の絆を感じる、本当に感動的なエピソードですね。

斉藤立の母親は元CAの三恵子!父亡き後も家族を支えた

続いて、母親の三恵子さんについて詳しく見ていきましょう。

母・三恵子はフランスの航空会社で客室乗務員だった!

斉藤立選手の母親は、斉藤三恵子(さいとう・みえこ)さんです。

三恵子さんは、かつてフランスの航空会社で客室乗務員として働いていました。

フランスに約8年間住んでいた経験もあるそうです。

海外で生活しながら働いていたというのですから、行動力のある女性だったのでしょうね。

実は、三恵子さんと仁さんが出会ったきっかけにも、飛行機が関係していました。

父・仁との出会いはフランス遠征の飛行機!

三恵子さんと仁さんは、仁さんがフランスへ遠征する際、三恵子さんが客室乗務員として乗務していた飛行機で知り合ったそうです。

日本柔道界を代表する選手と、フランスの航空会社で働く女性。

偶然の出会いが、後に家族へとつながったのですね。

さらに興味深いのは、立選手が2024年のパリオリンピックに出場したことです。

三恵子さんにとって、パリはかつて暮らし、仕事をしていた思い出深い場所。

そのパリで、息子がオリンピックの舞台に立つことになったのです。

何とも不思議な縁を感じますよね。

夫の死後、2人の息子を支え続けた

2015年に夫の仁さんを亡くした三恵子さん。

当時、立選手は中学1年生でした。

父親の死後も、三恵子さんは息子たちを支え続けました。

立選手は中学卒業後、柔道の名門・国士舘高校へ進学。

さらに国士舘大学へ進み、日本を代表する選手へと成長しました。

その道のりには、けがで苦しむ時期もありました。

大学進学前には腰のヘルニアで入院し、膝の靱帯を痛めたこともあります。

そんな苦しい時期も、三恵子さんは息子を見守ってきました。

2022年の全日本選手権で優勝した際、母親が涙を流したのも、それまでの苦労を知っていたからなのでしょう。

母親の存在は立選手にとって大きな支え

世界のトップ選手として戦う斉藤立選手ですが、家族にとっては一人の息子です。

どれほど体が大きくなっても、母親から見れば大切な子供であることに変わりありません。

試合に勝った時も、負けた時も、けがをした時も。

母親の三恵子さんは、さまざまな場面で立選手の成長を見守ってきました。

柔道家としての強さだけでなく、家族への思いを大切にする姿も、斉藤立選手の魅力の一つなのかもしれませんね。

斉藤立の兄は斉藤一郎!3学年上で柔道経験者

斉藤立選手には、兄の斉藤一郎(さいとう・いちろう)さんがいます。

一郎さんは立選手の3学年上で、幼い頃から柔道に取り組んでいました。

兄・一郎も国士舘中学・高校で柔道部に所属!

兄の一郎さんは、国士舘中学校と国士舘高等学校で柔道部に所属していました。

国士舘といえば、日本を代表する柔道の名門校です。

父・斉藤仁さんも国士舘大学にゆかりがあり、斉藤家と国士舘には深いつながりがあります。

立選手も、兄や父親の影響を受けながら柔道に親しんできました。

兄弟で同じ競技に取り組むことで、互いに刺激を受けることもあったのではないでしょうか。

兄・一郎の現在の職業は?

兄の一郎さんについては、高校の教員や柔道部監督を務めていると紹介する情報もあります。

ただし、今回確認した信頼できる資料では、現在の勤務先や役職を裏付ける情報は見つかりませんでした。

そのため、現在の職業については断定できません。

一方で、一郎さんが柔道経験者であり、弟の立選手を応援してきたことは報道されています。

2022年の全日本優勝では母親とともに涙!

兄・一郎さんの存在が特に印象的だったのが、2022年の全日本選手権です。

立選手が優勝した際、一郎さんは母親の三恵子さんと抱き合って涙を流しました。

父親を亡くしてから、家族でさまざまな困難を乗り越えてきたことでしょう。

弟が日本一になった瞬間は、兄にとっても特別なものだったはずです。

柔道の道を歩んできた兄だからこそ、弟が積み重ねてきた努力の大きさを理解していたのかもしれませんね。

斉藤立の出身中学校は上宮中学!中学時代に父親との別れ

続いて、斉藤立選手の学歴について見ていきましょう。

まず、出身中学校は大阪府にある上宮中学校です。

現在の学校名では、上宮学園中学校として知られています。

上宮中学校で柔道の実力を伸ばす

斉藤立選手は、大阪府の上宮中学校で柔道に打ち込みました。

幼い頃から柔道を始め、小学生時代には全国大会でも優勝しています。

中学校へ進学してからも、その実力は着実に伸びていきました。

しかし、中学1年生の冬に父・斉藤仁さんが亡くなります。

まだ12歳だった立選手にとって、大きな悲しみだったことでしょう。

それでも柔道を続け、父親との約束を胸に成長していきました。

中学2年時は全国大会個人準優勝、団体優勝!

2015年、中学2年生だった立選手は、全国中学校柔道大会に出場しました。

個人戦の90kg超級では決勝まで進みましたが、千野根有我選手に敗れて準優勝。

一方、団体戦では上宮中学校の大将として活躍し、優勝を果たしました。

父親が亡くなってから初めて迎えた大きな全国大会。

個人戦では悔しい結果となりましたが、団体戦で日本一になったことは大きな自信になったことでしょう。

中学3年時には全国中学校柔道大会で優勝!

翌2016年、立選手は全国中学校柔道大会の90kg超級で優勝しました。

中学生のうちに全国の頂点に立ったのです。

この頃から、父親と同じ国士舘へ進むことを強く意識するようになったと報じられています。

父親の背中を追い、自分も日本一、そして世界一を目指す。

そんな覚悟が、少しずつ形になっていったのでしょうね。

斉藤立の出身高校は国士舘高校!全国屈指の柔道選手に成長

中学校卒業後、斉藤立選手は東京都にある国士舘高等学校へ進学しました。

国士舘高校は、全国でも有数の柔道強豪校として知られています。

国士舘高校で全国大会優勝を重ねる

斉藤立選手は、高校時代から全国トップクラスの実力を発揮しました。

2018年、2019年には全国高校総体の男子100kg超級で優勝。

高校柔道界を代表する選手へと成長しました。

また、2018年には全日本ジュニア柔道体重別選手権の100kg超級でも優勝しています。

高校生ながら、国内のジュニア世代で圧倒的な存在感を示していたのです。

高校時代からシニア大会にも挑戦!

2019年には、高校3年生で全日本柔道選手権に初出場しました。

当時17歳。

全日本選手権は、大学生や社会人の強豪選手たちが集まる大会です。

結果は3回戦敗退でしたが、高校生でこの舞台に立ったこと自体が大きな経験になったはずです。

高校時代から、将来の日本代表候補として期待されていたのですね。

斉藤立の出身大学は国士舘大学!20歳で全日本王者へ

国士舘高校を卒業した斉藤立選手は、国士舘大学へ進学しました。

大学でも柔道を続け、日本代表として世界の舞台へ挑戦していきます。

国士舘大学で国際大会初優勝!

2021年11月、立選手はグランドスラム・バクー大会の男子100kg超級で優勝しました。

シニアの国際大会で初めての優勝です。

当時19歳。

国内だけでなく、世界の強豪選手たちと戦える実力を示しました。

その後も国際大会で経験を積み、2022年の全日本柔道選手権で初優勝を果たします。

2022年世界選手権では銀メダル!

2022年10月、ウズベキスタンのタシケントで開催された世界柔道選手権。

斉藤立選手は、男子100kg超級で銀メダルを獲得しました。

決勝ではキューバのアンディ・グランダ選手に敗れましたが、世界選手権初出場で準優勝という素晴らしい成績を残しました。

さらに同年12月には、ワールドマスターズ・エルサレム大会で優勝。

世界のトップ選手たちと戦いながら、着実に実績を重ねていきました。

けがに苦しみながらもパリ五輪代表へ

大学時代の立選手は、順調な時期ばかりではありませんでした。

大学進学前には腰のヘルニアで入院し、その後も膝の靱帯を痛めるなど、けがに苦しんだ時期がありました。

それでも、復帰に向けて努力を続けました。

そして2024年、男子100kg超級のパリオリンピック日本代表に選ばれたのです。

父親が2度の金メダルを獲得したオリンピック。

今度は息子の立選手が、その舞台へ挑むことになりました。

斉藤立のパリオリンピック成績!個人5位・混合団体銀メダル

2024年のパリオリンピックは、斉藤立選手にとって初めてのオリンピックでした。

父・斉藤仁さんが2連覇を達成した男子最重量級。

その階級で、日本代表として畳に立ちました。

男子100kg超級は5位!

斉藤立選手は、パリオリンピック男子100kg超級で5位となりました。

世界の強豪選手たちと激しい試合を繰り広げましたが、個人戦でのメダル獲得はなりませんでした。

父親が2度の金メダルを獲得した階級だけに、本人も悔しい思いがあったことでしょう。

ただ、初めてのオリンピックで5位という結果は、世界のトップレベルで戦える実力を示したものでもあります。

混合団体では銀メダルを獲得!

個人戦の後に行われた混合団体戦では、日本代表が銀メダルを獲得しました。

立選手もチームの一員として戦い、オリンピックのメダリストとなりました。

混合団体では、フランスのテディ・リネール選手との対戦も大きな注目を集めました。

リネール選手は、世界柔道界を代表する最重量級の強豪です。

その相手とオリンピックの舞台で戦った経験は、立選手にとって大きな財産になったのではないでしょうか。

斉藤立の2026年最新情報!腰の手術を乗り越え復帰優勝

2024年のパリオリンピックを終えた後も、斉藤立選手は競技を続けています。

しかし、2026年には再び大きな試練が訪れました。

2026年2月に腰の手術を受ける

斉藤立選手は、2026年2月に腰の手術を受けました。

その後は足首も負傷し、長期間にわたって実戦から離れることになりました。

最重量級の柔道では、体の大きさが武器になる一方、腰や膝、足首などに大きな負担がかかることもあります。

これまでもけがを乗り越えてきた立選手ですが、再びリハビリと向き合う日々となりました。

2026年9月の全日本実業個人選手権で優勝!

2026年9月5日、斉藤立選手は大阪府堺市で開催された全日本実業柔道個人選手権に出場しました。

約10か月ぶりとなる実戦復帰でした。

男子100kg超級に出場した立選手は、6試合すべてで一本勝ちまたは反則勝ちを収め、見事に優勝!

決勝では左大内刈で勝利しました。

手術やけがを乗り越えての優勝です。

立選手は復帰後、畳に立てることへの感謝を語るとともに、まだ万全の状態ではないことも明かしています。

思うように練習できない時期を乗り越え、再び試合に出られるようになったこと。

その喜びは、本人にしか分からないほど大きかったことでしょう。

2026年11月8日の講道館杯では準決勝敗退

2026年11月8日、斉藤立選手は千葉県で開催された講道館杯全日本柔道体重別選手権大会に出場しました。

男子100kg超級で大会2連覇を目指しましたが、準決勝で一本負けを喫し、連覇はなりませんでした。

この大会は、12月のグランドスラム東京などの代表選考にも関わる重要な大会です。

9月の復帰戦では優勝を果たしたものの、国内の強豪選手たちとの戦いでは、まだ課題も残っているようです。

ただ、2026年2月に腰の手術を受けたことを考えると、同じ年のうちに実戦復帰し、再び全国大会で戦っていること自体、大きな前進ではないでしょうか。

2028年ロサンゼルス五輪で父と同じ金メダルを目指す!

斉藤立選手が目指す大きな目標の一つが、2028年のロサンゼルスオリンピックです。

ロサンゼルスといえば、父・斉藤仁さんが1984年に初めてオリンピック金メダルを獲得した場所です。

44年の時を経て、今度は息子が同じ都市で金メダルを目指すことになります。

もちろん、オリンピック代表に選ばれるためには、国内外の大会で結果を残さなければなりません。

2026年の復帰後も課題はありますが、まだ24歳。

これからさらに成長する可能性を秘めています。

父親が金メダルを獲得したロサンゼルスで、息子の立選手がどんな柔道を見せてくれるのか。

今から楽しみですね。

斉藤立に彼女はいる?結婚やハーフの噂も調査!

最後に、斉藤立選手のプライベートに関する話題についても見ていきましょう。

彼女や結婚の情報は?

斉藤立選手について、結婚や交際相手に関する情報を調査しました。

今回確認した範囲では、結婚を発表したという信頼できる情報や、特定の交際相手についての確かな報道は見つかりませんでした。

ただし、交際や結婚について公表していないからといって、必ずしも独身である、あるいは交際相手がいないと断定することはできません。

プライベートについては、本人からの発表を待ちたいと思います。

斉藤立はハーフなの?

斉藤立選手については、「ハーフなの?」と気になる方もいるようです。

身長190cmを超える大きな体格や、はっきりとした顔立ちが注目されることもあります。

父親が斉藤仁さん、母親が三恵子さんであることは確認されています。

ただし、両親の名前や見た目だけで国籍やルーツを判断することはできません。

本人がハーフであると公表した信頼できる情報も確認できなかったため、推測は避けたいと思います。

大切なのは、どのようなルーツを持つかではなく、柔道家として積み重ねてきた努力と実績ですよね。

まとめ|斉藤立の家族構成や父親の教え、母親・兄・学歴を調査!

今回は、柔道男子100kg超級で活躍する斉藤立選手について、父親・母親・兄などの家族構成、父・斉藤仁さんとの絆、身長・体重や学歴、そして2026年の最新状況まで詳しく調査しました。

最後に、今回分かったことを整理しておきましょう。

  • 斉藤立選手は2002年3月8日生まれの24歳です。
  • 大阪府出身で、身長は約191~192cm、体重は約165~170kgです。
  • 父親は、オリンピック2連覇を達成した故・斉藤仁さんです。
  • 父・仁さんは2015年1月20日、肝内胆管がんのため54歳で亡くなりました。
  • 父親が最後に残した言葉は「稽古、行け」でした。
  • 立選手は父親に「お父さんみたいに強くなるから」と答えたと報じられています。
  • 母親は斉藤三恵子さんで、フランスの航空会社で客室乗務員を務めた経験があります。
  • 兄は斉藤一郎さんで、立選手の3学年上です。
  • 兄の一郎さんも国士舘中学・高校で柔道部に所属していました。
  • 出身中学校は上宮中学校、出身高校は国士舘高校、出身大学は国士舘大学です。
  • 2022年の全日本柔道選手権で優勝し、史上初の親子2代制覇を達成しました。
  • 2022年の世界選手権では銀メダルを獲得しました。
  • 2024年のパリオリンピックでは個人5位、混合団体銀メダルでした。
  • 現在はジャパンエレベーターサービスホールディングスに所属しています。
  • 2026年2月に腰の手術を受けましたが、9月の全日本実業個人選手権で復帰優勝を果たしました。
  • 2026年11月8日の講道館杯では準決勝敗退となりました。
  • 2028年のロサンゼルスオリンピックでの活躍が期待されています。

斉藤立選手について調べていて、特に印象に残ったのは、やはり父・斉藤仁さんとのエピソードでした。

12歳の時に父親を亡くし、最後にかけられた言葉は「稽古、行け」。

そして、立選手は父親に「お父さんみたいに強くなるから」と約束しました。

それから7年後、20歳になった立選手は、父親と同じ全日本柔道選手権で優勝。

史上初の親子2代制覇という偉業を成し遂げたのです。

この出来事を知ると、斉藤立選手が畳に上がる姿が、より特別なものに感じられますよね。

また、母親の三恵子さんや兄の一郎さんが、父親の死後も家族として支え続けてきたことも忘れてはいけません。

2022年の全日本優勝で、母親と兄が抱き合って涙を流したというエピソードには、家族の深い絆を感じます。

そして2026年には、腰の手術や足首のけがという新たな試練も経験しました。

それでも9月には復帰戦で優勝し、再び世界を目指して歩み始めています。

父親が1984年に金メダルを獲得したロサンゼルスで、2028年には息子の立選手が頂点に立つ。

もしそんな未来が実現したら、どれほど感動的でしょうか。

もちろん、そこへたどり着くまでには厳しい戦いが待っています。

それでも、これまで何度も困難を乗り越えてきた斉藤立選手なら、きっと新たな成長を見せてくれることでしょう。

偉大な父親への思いと、家族の温かい支えを胸に、これからも世界の頂点を目指してほしいですね。

斉藤立選手のさらなる活躍を、これからも温かく応援していきたいと思います!