上野由岐子の身長や出身大学、年齢や血液型などプロフィールを紹介。現在は独身なの?

2026年、愛知・名古屋アジア大会のソフトボール女子日本代表に、44歳の上野由岐子投手が選出されました。

上野選手にとってアジア大会は、2002年釜山大会から数えて7大会連続出場。

日本は2002年からアジア大会6連覇中で、2026年大会では前人未到の7連覇を目指しています。

大会前、上野選手は「きっとこのアジア大会が最後になる」という趣旨の言葉を口にしました。

一方で、年齢については「年齢ができない理由ではない」と語り、44歳となった現在も日本代表のマウンドに立ち続けています。

そして2026年10月1日。

チャイニーズ・タイペイとの予選ラウンド第6戦で、上野選手がついに今大会初登板。

3回無死二塁という場面から2番手として登板すると、そのまま最後まで5イニングを投げ、日本の4-2の勝利に貢献しました。

44歳で迎えた7度目のアジア大会でも、日本代表のマウンドに立っているのです。

2002年に20歳で初めてアジア大会に出場してから24年。

改めて考えると、本当に驚異的な競技人生ですよね。

そんな上野由岐子選手について、

「身長や体重は?」

「血液型は?」

「出身大学はどこ?」

「そもそも大学には進学したの?」

「現在は結婚している?」

「旦那や彼氏はいるの?」

など気になっている方も多いのではないでしょうか。

今回は、日本女子ソフトボール界のレジェンド・上野由岐子選手について、年齢や身長、血液型、出身地、高校・大学などのプロフィールから、オリンピックでの伝説、家族、そして気になる結婚事情まで詳しくご紹介します。

上野由岐子のプロフィール!年齢・身長・血液型・出身地は?

まずは上野由岐子選手の基本プロフィールから見ていきましょう。

  • 名前:上野由岐子(うえの・ゆきこ)
  • 生年月日:1982年7月22日
  • 年齢:44歳(2026年10月現在)
  • 出身地:福岡県
  • 身長:174cm
  • 血液型:A型
  • 投打:右投右打
  • ポジション:投手
  • 出身中学校:福岡市立柏原中学校
  • 出身高校:九州女子高校(現・福岡大学附属若葉高校)
  • 最終学歴:高校卒業
  • 所属:ビックカメラ高崎 BEE QUEEN

2026年現在のビックカメラ高崎公式プロフィールでも身長174cm、右投右打の投手として掲載されています。

過去のオリンピック公式プロフィールでは体重72kg前後と記載されていましたが、現在の所属先プロフィールでは体重を公表していません。

そのため、現在の体重については過去の数字をそのまま現在値として扱わない方がよいでしょう。

血液型は日本ソフトボール協会の代表プロフィールでA型と紹介されています。

44歳となった現在も現役選手として日本代表に選ばれていること自体が驚きですよね。

しかも単なる精神的支柱としてではなく、実際にマウンドへ上がって勝負しています。

上野由岐子がソフトボールを始めたのは小学3年生

上野由岐子選手がソフトボールを始めたのは小学3年生の頃です。

きっかけは友達から誘われたことでした。

最初から、

「将来はオリンピックで金メダルを取る!」

と決めていたわけではなかったのです。

子供の頃の夢について、現在の所属先であるビックカメラ高崎のプロフィールでは「学校の先生」と答えています。

友達に誘われて始めたスポーツが、その後40年近く続く人生そのものになるのですから、本当に人生は分からないものですね。

柏原中学校時代に全国制覇

上野由岐子選手は福岡市立柏原中学校へ進学。

1997年、中学時代には全国中学校大会で優勝しています。

つまり、すでに中学生の頃には全国トップクラスの投手になっていました。

上野選手は幼い頃から活発な子供だったそうで、ソフトボール以外にも書道、ピアノ、水泳などさまざまなことに取り組んでいます。

意外なのが書道。

なんと八段まで取得した経験があるそうです。

マウンドで剛速球を投げ込む上野選手から「書道八段」というイメージはなかなか結びつきませんが、何かを始めたらとことん取り組む性格は昔から変わらないのかもしれませんね。

上野由岐子の高校は九州女子高校

中学校卒業後、上野由岐子選手は地元・福岡の九州女子高校へ進学しました。

現在の校名は福岡大学附属若葉高校です。

高校時代から上野選手の才能は全国だけでなく、世界でも注目されるようになります。

1999年、高校生だった上野選手は世界ジュニア選手権に出場。

日本の優勝に貢献しました。

当時から世界レベルの速球を投げる投手として知られ、若くしてシニア日本代表候補としても期待されるようになります。

しかし、その直後に上野選手の競技人生を大きく左右する出来事が起こりました。

高校時代に腰椎骨折!シドニー五輪を断念

高校生ですでに世界ジュニアを制した上野由岐子選手。

2000年シドニーオリンピック日本代表入りも期待されていました。

ところが、高校の体育の授業中に大けがを負います。

走り高跳びで着地した際、腰椎を骨折。

シドニーオリンピック出場の夢は断たれてしまいました。

若くして世界への扉が見えていたところでの大けが。

普通なら心が折れてしまっても不思議ではありません。

それでも上野選手はリハビリを経て競技へ復帰しました。

後に2度のオリンピック金メダルを獲得する選手にも、10代の頃にこんな大きな挫折があったのです。

華やかな実績だけを見ると「天才だからずっと勝ってきた」と思ってしまいます。

しかし上野選手の競技人生を振り返ると、けがや苦しい時期を何度も乗り越えてきたことが分かります。

「オリエンタル・エクスプレス」と呼ばれた剛速球

若い頃の上野由岐子選手は、圧倒的な速球を武器に世界から注目されました。

高校生時代には100kmを大きく超える速球を投げる投手として知られ、そのスピードから「オリエンタル・エクスプレス」と呼ばれることもありました。

ソフトボールの投手と打者の距離は野球より短いため、100kmを超える速球は体感速度ではさらに速く感じます。

現在の上野選手自身も、所属先プロフィールで自分のストロングポイントについて、

「速いボールが投げられるところ」

と答えています。

44歳になっても自分の最大の武器をそう表現しているところが、なんとも上野選手らしいですね。

上野由岐子の出身大学は?実は大学には進学していない

上野由岐子選手について、

「出身大学はどこ?」

と検索する方も多いようです。

しかし結論から言うと、上野由岐子選手は大学には進学していません。

JOCの2026年公式プロフィールでも最終学歴は、

福岡大学附属若葉高等学校(旧・九州女子高等学校)

となっています。

「福岡大学附属」という現在の高校名から福岡大学へ進学したと勘違いされることもあるのかもしれません。

しかし大学へは進まず、高校卒業後すぐ実業団へ進んでいます。

高校卒業後の2001年に日立高崎へ入団

高校卒業後の2001年、上野由岐子選手は日立高崎ソフトボール部へ入団しました。

現在のビックカメラ高崎 BEE QUEENにつながるチームです。

大学へ進学して4年間プレーする道ではなく、高校卒業直後から日本最高峰の社会人リーグへ飛び込みました。

そして1年目から結果を残します。

2001年の日本リーグでは、

10勝3敗、防御率0.79、87奪三振

を記録。

新人賞を獲得しました。

高校を卒業したばかりの投手が、日本トップレベルの打者を相手にいきなり10勝。

やはり当時から並外れた投手だったことが分かります。

世界選手権・アジア大会で日本代表のエースへ

実業団入り後、上野由岐子選手は日本代表でも中心選手へ成長していきます。

2002年の世界選手権では4勝0敗、防御率0.31を記録し、日本の銀メダル獲得に貢献しました。

さらに同年の釜山アジア大会では金メダル。

ここから上野選手とアジア大会の長い歴史が始まります。

当時20歳。

それから24年後の2026年にも同じアジア大会のマウンドに立っているのですから驚きです。

2004年アテネ五輪で完全試合!銅メダルを獲得

2004年、22歳の上野由岐子選手はアテネオリンピックに初出場しました。

日本は銅メダルを獲得。

そして上野選手は予選リーグの中国戦で、オリンピック史上初となる完全試合を達成しました。

一人の走者も出さずに試合を終える完全試合。

オリンピックという世界最高峰の舞台で成し遂げたのですから、そのすごさは言うまでもありません。

しかし上野選手にとって、アテネの銅メダルはゴールではありませんでした。

次の北京オリンピックで、日本ソフトボール史に残る伝説を作ることになります。

北京五輪「上野の413球」は今も語り継がれる伝説

上野由岐子選手の名前を一躍国民的なものにしたのが、2008年北京オリンピックです。

日本は宿敵・アメリカを破り、悲願の金メダルを獲得しました。

その中心にいたのが上野選手です。

特に語り継がれているのが、

「上野の413球」

です。

上野選手は準決勝から決勝まで、2日間で3試合を投げ抜きました。

その投球数が合計413球。

北京五輪では、準決勝でアメリカと延長9回を戦った後、同日にオーストラリアとの3位決定戦へ。

さらに翌日の決勝で再びアメリカと対戦しました。

最後の決勝でも投げ抜き、日本は3-1で勝利。

金メダルを獲得しました。

現在なら選手のコンディション管理という面から、なかなか想像できないような登板です。

上野選手自身は後のインタビューで、自分一人で勝ったわけではなく、仲間全員の思いを背負ってマウンドに立っていたという趣旨の言葉を残しています。

この言葉を知ると「413球」という数字以上に、上野選手がどんな気持ちで投げていたのかが伝わってきますね。

ソフトボールが五輪から消えた13年間

北京オリンピック後、ソフトボールはオリンピックの正式競技から外れました。

上野由岐子選手は2008年当時26歳。

次のオリンピックを目指せる年齢でした。

しかし、そもそも競技そのものがオリンピックからなくなってしまったのです。

それでも上野選手は現役を続けました。

世界選手権では2012年、2014年と日本の金メダル獲得に貢献。

国内でも第一線で投げ続けます。

そして東京2020でソフトボールの実施が決定。

再びオリンピックのマウンドに立つチャンスが巡ってきました。

39歳で東京五輪金メダル!13年越しの連覇

2021年に開催された東京2020オリンピック。

上野由岐子選手は39歳になる直前で日本代表に選出されました。

決勝の相手は、13年前の北京と同じアメリカ。

上野選手が先発し、日本は2-0で勝利。

北京2008に続くオリンピック2大会連続金メダルを獲得しました。

大会そのものは13年間空いています。

26歳で北京を制した投手が、39歳になっても再び世界一を決めるマウンドに立ったのです。

上野選手は、

  • 2004年アテネ五輪:銅メダル
  • 2008年北京五輪:金メダル
  • 2021年東京五輪:金メダル

と、出場した3大会すべてでメダルを獲得しています。

世界選手権でも2度の金メダル

オリンピックでの活躍があまりにも有名ですが、上野由岐子選手は世界選手権でも長く日本代表を支えてきました。

2012年と2014年には日本が世界選手権を連覇。

上野選手も金メダル獲得に大きく貢献しています。

さらに2024年の女子ワールドカップファイナルでも日本は優勝。

40代になっても世界一を目指す代表チームの一員であり続けています。

オリンピックだけを見ると北京と東京という2つの大会が目立ちますが、上野選手の本当のすごさは、その間もずっと世界トップクラスで投げ続けてきたことなのかもしれません。

日本リーグMVP8回!国内でも圧倒的な実績

国内リーグでも上野由岐子選手は数々のタイトルを獲得しています。

日本ソフトボール協会の記録では、

  • MVP:8回
  • 最優秀投手賞(最優秀防御率賞):6回
  • 最多勝:8回
  • ベストナイン:6回
  • 新人賞

という圧倒的な受賞歴を残しています。

チームとしても日本リーグ優勝を何度も経験。

20年以上トップリーグで投げ続けながら、これだけの個人タイトルを獲得している選手は極めて稀です。

「レジェンド」という言葉がこれほど似合う選手もなかなかいませんね。

アジア大会は2002年から6大会連続金メダル

上野由岐子選手はアジア大会でも驚異的な実績を残しています。

これまで出場した大会は、

  • 2002年釜山大会:金メダル
  • 2006年ドーハ大会:金メダル
  • 2010年広州大会:金メダル
  • 2014年仁川大会:金メダル
  • 2018年ジャカルタ・パレンバン大会:金メダル
  • 2023年杭州大会:金メダル
  • 2026年愛知・名古屋大会:出場中

となっています。

つまり2026年大会で7大会連続出場。

日本は現在アジア大会6連覇中です。

2002年の初出場時は20歳。

2026年は44歳。

20代、30代、40代という3つの年代でアジア大会に出場していることになります。

2026年アジア大会が「最後」になる可能性

2026年大会を前に、上野由岐子選手は自身の去就についても語りました。

7回もアジア大会に関われるとは思っていなかったこと、そして、

「きっとこれが最後のアジア大会になる」

という思いがあることを明かしています。

ただし、これは「2026年で現役引退する」と正式発表したという意味ではありません。

2028年ロサンゼルスオリンピックについても視野に入れています。

上野選手は年齢について、

「年齢ができない理由ではない」

という趣旨の言葉を語っています。

44歳だからできないと決めるのではなく、自分自身が「できるのか、できないのか」を見極めながら競技を続ける。

この考え方はスポーツだけではなく、私たちの日常にも通じるものがありますね。

年齢を理由に何かを諦めそうになったとき、上野選手の言葉を思い出したくなります。

2026年10月1日、44歳で7大会連続のマウンドへ

そして2026年10月1日。

愛知・名古屋アジア大会予選ラウンド、日本対チャイニーズ・タイペイ戦。

上野由岐子選手に今大会初登板の機会が訪れました。

3回表無死二塁。

先発の三輪さくら投手からマウンドを引き継ぎます。

今大会初登板であり、上野選手にとって7大会連続となるアジア大会のマウンドです。

ピンチの場面からの登板で失点はありましたが、その後も粘り強く投球。

最後まで5イニングを投げ、日本は4-2で勝利しました。

日本はこれで予選ラウンド開幕6連勝。

44歳になっても、ただ代表メンバーに名前があるだけではありません。

実際に重要な試合で長いイニングを任されているのです。

20歳だった2002年から24年後。

同じアジア大会のマウンドに立つ上野選手の姿を見ていると、「継続」という言葉の重みを感じずにはいられません。

現在は選手として若手投手にも経験を伝える存在

上野由岐子選手は、現在もビックカメラ高崎 BEE QUEENの現役投手です。

長年チームと日本代表を支えてきた経験から、若い投手たちにとって技術面だけでなく精神面でも大きな存在になっています。

2026年の日本代表にも後藤希友投手をはじめ次世代を担う投手たちがいます。

上野選手が長年培ってきた投球術や試合での考え方を、若い世代へどう受け継いでいくのかも注目したいところです。

若い頃のように球速だけで押すのではなく、44歳の今だからできるピッチングがある。

本人もそのような考えを語っています。

「若い時にしかできないこと」だけではなく、「経験を重ねた今だからできること」がある。

これは長く第一線で戦ってきた上野選手だからこそ言える言葉でしょう。

上野由岐子の年収は?

上野由岐子選手については「年収」が検索されることもあります。

しかし、2026年現在の正確な年収は公表されていません。

ビックカメラの社員としての給与だけでなく、トップアスリートとしての活動や契約なども考えられるため、一般社員の平均年収から上野選手本人の収入を推測することはできません。

ネット上ではさまざまな金額が書かれていますが、根拠が確認できない数字を「推定年収」として断定するのは避けた方がよいでしょう。

確実に言えるのは、上野選手が20年以上にわたって日本を代表するトップアスリートとして活動してきたということです。

上野由岐子は現在独身?結婚している?

上野由岐子選手について、

「結婚している?」

「旦那はいる?」

と気になっている方も多いようです。

2026年10月現在、上野選手本人や所属先などから結婚したことが公表された事実は確認できません。

そのため一般的には独身と紹介されることが多い選手です。

ただし、本人が現在のプライベートな交際状況を公表しているわけではありません。

そのため、

「現在彼氏はいない」

などと断定することもできません。

上野選手ほど有名なアスリートでも、競技とは関係のないプライベートについては本人が公表している範囲を尊重したいですね。

上野由岐子には結婚願望がある?

上野由岐子選手は過去のインタビューで結婚について語ったことがあります。

25歳だった北京オリンピック前には、今はオリンピックが目の前にあるため結婚について考える余裕はないものの、将来的には結婚もしたいという趣旨の話をしていました。

さらに2019年のインタビューでは、

「国際結婚がしたい」

という夢も明かしています。

理由も上野選手らしいものでした。

理想の相手について、ソフトボールの金メダリスト「上野由岐子」として特別扱いするのではなく、一人の普通の人間として接してくれる人がいいという趣旨の話をしています。

結婚式についても、家族だけで海外で静かに行いたいという希望を語っていました。

世界的なアスリートだからこそ、プライベートでは「普通の女性として接してほしい」という思いがあるのかもしれません。

マウンド上では「日本のエース」。

でもグラウンドを離れれば、一人の女性です。

この言葉には少し共感してしまいますね。

石島雄介との熱愛の噂は本当?

上野由岐子選手について検索すると、元バレーボール日本代表でビーチバレーでも活躍した石島雄介さんの名前が関連して出てくることがあります。

そのため過去に、

「上野由岐子と石島雄介は付き合っていた?」

という噂がネット上で広がったこともあったようです。

しかし今回調査した限りでは、2人が交際していたことを裏付ける本人の発言や信頼性の高い報道は確認できませんでした。

したがって「元彼だった」などと事実のように扱うことはできません。

有名アスリート同士の場合、名前が関連して検索されるだけで交際説が広がるケースもあります。

上野選手自身が公表していない恋愛関係については、噂と事実を分けて考える必要がありますね。

上野由岐子の家族は両親と妹

上野由岐子選手の実家の家族構成については、本人がリーグ公式企画のプロフィールで、

「両親、妹1人」

と回答しています。

つまり、

  • 父親
  • 母親
  • 上野由岐子さん
  • 妹

の4人家族で育ったことになります。

ネット上では兄弟姉妹についてさまざまな情報が出ていますが、本人回答で「妹1人」と確認できるため、こちらを基準にするのが確実でしょう。

上野選手は家族から「ゆきこ」「おねーちゃん」と呼ばれていることも明かしています。

また「家族と一緒に過ごすなら何をしたい?」という質問には、

「団欒」

と回答しています。

世界を相手に戦い続けるレジェンドが、家族とは普通にゆっくり過ごしたい。

なんだかほっとする答えですよね。

上野由岐子の座右の銘「強い弱いは執念の差」

上野由岐子選手の人物像を表す言葉として紹介したいのが、座右の銘です。

「強い弱いは執念の差」

現在のビックカメラ高崎公式プロフィールにも掲げられています。

高校時代の腰椎骨折。

シドニー五輪断念。

アテネ五輪の銅メダル。

北京五輪の413球と金メダル。

オリンピック競技からソフトボールが外れた13年間。

そして39歳で迎えた東京五輪で再び金メダル。

44歳で7度目のアジア大会。

これまでの競技人生を振り返ると、この言葉が上野選手にとてもよく似合います。

才能だけでは20年以上も日本代表の第一線には立ち続けられないでしょう。

「まだできる」と信じて努力し続ける執念。

それこそが上野由岐子というアスリートの最大の強さなのかもしれません。

2028年ロサンゼルス五輪出場の可能性は?

ソフトボールは2028年ロサンゼルスオリンピックで実施される予定です。

上野由岐子選手は2028年7月には46歳になります。

では、46歳で再びオリンピックのマウンドに立つのでしょうか。

現時点で出場が決まっているわけではありません。

上野選手自身も、2026年アジア大会前には「最後のアジア大会」という思いを口にする一方、ロサンゼルス五輪について完全に可能性を閉ざしてはいません。

大切なのは、年齢だけで判断しないことなのでしょう。

44歳になった現在も日本代表に選ばれ、アジア大会で実際に5イニングを投げています。

最終的に2028年をどのような立場で迎えるのか。

現役投手なのか、若い選手を支える立場なのか。

それはこれからのコンディションや本人の決断次第です。

ただ、ここまで何度も私たちの想像を超えてきた上野選手だけに、最後まで見届けたくなりますね。

まとめ

今回は「上野由岐子の身長や出身大学、年齢や血液型などプロフィールを紹介。現在は独身なの?」というテーマで、上野由岐子選手について詳しくご紹介しました。

上野由岐子選手は1982年7月22日生まれ。

2026年10月現在44歳で、福岡県出身です。

身長174cm、血液型A型、右投右打の投手。

福岡市立柏原中学校から九州女子高校(現・福岡大学附属若葉高校)へ進学しました。

「出身大学」が検索されていますが、大学には進学していません。

高校卒業後の2001年に日立高崎へ入団し、1年目から10勝3敗、防御率0.79を記録して新人賞を獲得しました。

2004年アテネ五輪では銅メダル。

2008年北京五輪では「上野の413球」と呼ばれる伝説的な投球で日本初の金メダル獲得に大きく貢献しました。

そして13年後の東京2020オリンピックでも日本を金メダルへ導きます。

アジア大会では2002年釜山大会から6大会連続金メダル。

2026年愛知・名古屋大会では7大会連続出場を果たし、10月1日のチャイニーズ・タイペイ戦で今大会初登板。

44歳で5イニングを投げ、日本の4-2の勝利に貢献しました。

結婚については、2026年10月現在、本人から結婚が公表された事実は確認できません。

過去には結婚願望について語り、「国際結婚が夢」と明かしたこともあります。

理想は自分を金メダリストとして特別視せず、一人の人間として接してくれる相手なのだそうです。

20歳で初めてアジア大会に出場した選手が、44歳になった現在も同じ日本代表のマウンドに立っています。

その年月は実に24年。

高校時代の大けがから始まり、北京の413球、13年間の五輪空白期間、39歳での東京五輪金メダル、そして44歳での7度目のアジア大会。

「強い弱いは執念の差」。

上野由岐子選手の競技人生を知れば知るほど、この言葉の重みを感じます。

2028年ロサンゼルスオリンピックをどのような形で迎えるのかは、まだ分かりません。

それでも44歳の今なお「年齢ができない理由ではない」と挑戦を続ける上野由岐子選手の姿は、スポーツの枠を超えて多くの人に勇気を与えているのではないでしょうか。

これからも日本女子ソフトボール界のレジェンド・上野由岐子選手の挑戦に注目していきたいと思います。