藤ノ川 家族(父・母・兄弟)について。身長や出身地、高校時代などプロフィールを紹介

2026年8月、大相撲界に大きなニュースが飛び込んできました。

京都府出身の力士としては実に198年ぶりとなる新三役昇進を果たした藤ノ川成剛関です。

2026年9月場所の番付で西関脇に昇進し、

「番付運が良かった。目標を実現できてうれしい」

と語った藤ノ川関。

その笑顔からは、これまで積み重ねてきた努力が感じられますよね。

父は元幕内力士という相撲一家に生まれながらも、小学3年生の時に母を亡くすという辛い経験も乗り越えてきました。

さらに弟2人も相撲に取り組んでおり、次男はすでに大相撲の世界へ。

まさに相撲一家なんです。

今回はそんな藤ノ川関の身長や出身地、高校時代のエピソードに加えて、父・母・兄弟といったご家族についても詳しくご紹介していきます。

藤ノ川成剛関の基本プロフィール

まずは基本的なプロフィールから見ていきましょう。

  • 四股名:藤ノ川 成剛(ふじのかわ せいごう)
  • 本名:齋藤 成剛(さいとう せいごう)
  • 生年月日:2005年2月22日
  • 年齢:21歳(2026年9月現在)
  • 出身地:京都府京都市西京区
  • 身長:177cm
  • 体重:125kg
  • 所属:伊勢ノ海部屋
  • 得意技:押し
  • 初土俵:2023年1月場所
  • 新十両:2024年11月場所
  • 新入幕:2025年7月場所
  • 新三役:2026年9月場所
  • 最高位:西関脇

日本相撲協会の公式プロフィールでは、出身地は京都府京都市西京区となっています。

一方、藤ノ川関自身は東京都江戸川区で生まれ、幼少期を東京で過ごしています。

父・甲山親方が所属していた伊勢ノ海部屋が当時あった江戸川区春江町で育ち、幼い頃から弟たちと土俵に上がっていました。

177cmという力士としては決して大柄ではない体格ながら、スピードを生かした押し相撲で番付を駆け上がってきた藤ノ川関。

2023年1月場所で初土俵を踏み、2024年11月場所で新十両。

さらに2025年7月場所には新入幕を果たしました。

そして2026年9月場所では、ついに西関脇へ。

日本相撲協会によると、京都府出身力士の新三役は1828年10月場所の緋縅以来、実に198年ぶりという歴史的な昇進となりました。

さらに2026年3月場所では、大の里、豊昇龍という2横綱から2日連続で金星を獲得。

2026年9月場所9日目終了時点で、金星はすでに通算4個となっています。

まだ21歳。

これからどこまで番付を上げていくのか楽しみな力士ですよね。

相撲を始めたきっかけと小学校・中学時代のエピソード

藤ノ川関が相撲を始めたのは、なんと5歳の時。

父が元幕内力士の大碇だったこともあり、幼い頃から相撲が身近にある環境で育ちました。

東京・台東区の小松竜道場にも通い、相撲の基礎を身につけていきます。

中学校は江戸川区立春江中学校に進学。

ただ、中学2年生頃までは現在の姿からは想像できないほど体が軽く、なかなか全国大会へ出場することができなかったそうです。

ところが中学3年生になると体格も成長。

全国大会へ出場できるようになり、全国少年相撲選手権大会では団体優勝も経験しました。

ちなみに藤ノ川関は小学生の頃から、相手より先に手をつき、相手が手をついた瞬間に鋭く立つ現在のスタイルだったそうです。

現在では200kg近い大型力士を相手にすることもありますが、その体格差をスピードで補っています。

小さい頃から磨いてきた相撲が、現在の「横綱キラー」と呼ばれる強さにつながっているのかもしれませんね。

高校時代は名門・埼玉栄高校でさらなる飛躍

中学卒業後、藤ノ川関は相撲の名門として知られる埼玉栄高校へ進学します。

埼玉栄といえば、大相撲界に数多くの力士を送り出してきた名門校。

藤ノ川関も3年生では相撲部の主将を務めました。

高校時代には全国高校相撲宇佐大会で個人ベスト8、国体個人ベスト16などの成績を残しています。

さらに高校3年間で体重を30kg以上増やしたとも報じられており、中学時代まで小柄だった少年が全国トップレベルの高校相撲で戦える体へと成長していきました。

高校相撲で実績を残した藤ノ川関には、複数の大学から勧誘もあったといいます。

しかし大学進学という道は選びませんでした。

父の甲山親方から、

「早いほうがいい」

と大相撲への早期入門を勧められたこともあり、高校卒業後は大学へ進まず伊勢ノ海部屋へ入門。

後に本人も、4年後に入るより良いタイミングで入門できたという趣旨で振り返っています。

もし大学へ進学していたら、2026年現在はまだ大学4年生。

そう考えると、父の助言が現在の関脇・藤ノ川につながったともいえそうですね。

家族について:父は元幕内の甲山親方、兄弟も相撲の道へ

藤ノ川関のご家族についても見ていきましょう。

父は元幕内力士の大碇剛(おおいかり つよし)さん。

現在は年寄・甲山親方として伊勢ノ海部屋の部屋付き親方を務め、後進の指導にあたっています。

父・大碇の最高位は東前頭11枚目。

藤ノ川関は2025年に幕内へ昇進したことで、親子2代の幕内力士となりました。

藤ノ川関が入門当初に名乗っていた「若碇」という四股名も、父の「大碇」から一文字を受け継いだものです。

そして藤ノ川関は3兄弟の長男

2歳下の弟・忠剛さんも埼玉栄高校で活躍し、2025年1月場所から伊勢ノ海部屋へ入門。

現在は碇潟(いかりがた)忠剛の四股名で土俵に上がっています。

碇潟関は高校時代に関東大会無差別級優勝や国民スポーツ大会4位などの実績を残し、高校生として初めて三段目最下位格付け出しでデビューしました。

さらに5歳下の弟・齋藤夕剛さんも兄たちと同じ埼玉栄高校へ進学。

2026年現在は高校2年生で、相撲部に所属しています。

つまり、

長男・藤ノ川成剛
次男・碇潟忠剛
三男・齋藤夕剛

と、3兄弟全員が相撲の道を歩んでいるんですね。

ちなみに3兄弟の名前には全員「剛」という字が入っています。

父・甲山親方の名前も「剛」。

さらにその父の名前は、祖父が大ファンだった第47代横綱・柏戸剛から一字をもらったものなのだそうです。

横綱・柏戸から父へ、そして3人の息子たちへ。

「剛」という一文字が家族の中で受け継がれているというのも素敵ですよね。

父・甲山親方は、3兄弟が幕内で活躍することへの夢も語っています。

将来、本当に3兄弟が幕内の土俵へそろって上がる日が来たら、大きな話題になりそうです。

母の死を乗り越えて。父と息子の固い絆

藤ノ川関の家族を語る上で欠かせないのが、幼くして経験したお母様との死別です。

藤ノ川関が小学3年生だった2013年、母・直美さんは34歳の若さで亡くなりました。

当時まだ8歳だった藤ノ川関にとって、大変辛い出来事だったことでしょう。

その後、父の甲山親方は男手ひとつで3人の息子を育ててきました。

朝食を作り、相撲の試合があれば弁当を用意し、家事と子育て、そして仕事を両立。

料理も覚え、息子たちの成長を支えてきました。

現在、3兄弟全員が相撲の道を歩んでいることを考えると、甲山親方がどれだけ息子たちを支えてきたのかが伝わってきますよね。

そして2026年3月場所。

藤ノ川関は横綱・大の里を破り、自身初の金星を獲得しました。

実は父の大碇は現役時代に金星を獲得していません。

藤ノ川関は、

「おやじが金星を取っていないのでうれしい」

と喜び、その大の里戦で手にした懸賞金をすべて父へ渡したことを明かしています。

そして翌日には豊昇龍まで破り、2日連続の金星。

父に支えられて育った息子が、父も成し遂げられなかった金星を取り、その懸賞金を父へ渡す――。

なんとも胸が熱くなるエピソードですよね。

亡き母・直美さんも、生前は息子に将来相撲をやってほしいと願っていたことが伝えられています。

今では長男が関脇、次男も大相撲の力士、三男も埼玉栄高校相撲部。

きっと3兄弟の活躍を見守っていることでしょう。

「藤ノ川」という四股名の歴代と伝統

最後に、藤ノ川関が背負う「藤ノ川」という四股名についても触れておきましょう。

この四股名は伊勢ノ海部屋に代々受け継がれてきた伝統ある名前です。

初代が1869年に初土俵を踏んでおり、2025年に復活した際には148年の歴史をつなぐ四股名として紹介されました。

現在の藤ノ川成剛関は6代目にあたります。

初代・藤ノ川忠之助

初代は明治時代に活躍した藤ノ川忠之助。

最高位は前頭2枚目で、後に柏戸宗五郎を名乗りました。

2代目・藤ノ川雷五郎

大正時代に活躍し、最高位は関脇。

歴代藤ノ川の中でも三役まで昇進した力士の一人です。

3代目・藤ノ川秀剛

最高位は東前頭筆頭。

後に柏戸を名乗り、引退後は10代伊勢ノ海として伊勢ノ海部屋を再興。

第47代横綱・柏戸を育てた人物としても知られています。

4代目・藤ノ川武雄(豪人)

最高位は関脇。

小柄ながら土俵いっぱいに動き回る相撲から「今牛若丸」と呼ばれた人気力士でした。

殊勲賞1回、敢闘賞2回、技能賞4回と三賞を計7回受賞。

引退後は11代伊勢ノ海を襲名し、部屋を継承しています。

5代目・藤ノ川祐兒

アマチュア相撲で実績を残して角界入りし、最高位は前頭3枚目。

現役終盤には「服部」へ四股名を戻しています。

6代目・藤ノ川成剛

そして2025年7月場所、新入幕を機に「若碇」から改名して誕生したのが6代目・藤ノ川成剛関です。

「藤ノ川」が復活するのは実に38年ぶりでした。

これまで歴代の藤ノ川で最高位は関脇。

2代目と4代目が関脇まで昇進しており、6代目の藤ノ川関も2026年9月場所で西関脇となりました。

つまり現在、すでに歴代最高位に並んでいるんです。

ここから大関へ昇進すれば、歴代藤ノ川で初めて関脇を超えることになります。

まだ21歳ということを考えると、大きな可能性を感じますよね。

まとめ

今回は、京都府出身力士として198年ぶりの新三役昇進を果たした藤ノ川成剛関について、身長や出身地といった基本プロフィールから、高校時代のエピソード、そして父・母・兄弟というご家族についてまで詳しくご紹介しました。

藤ノ川関は東京都江戸川区で育ち、5歳から相撲を始めました。

江戸川区立春江中学校から相撲の名門・埼玉栄高校へ進学し、高校卒業後は大学へ進まず伊勢ノ海部屋へ入門。

2023年1月の初土俵から順調に番付を上げ、2025年7月に新入幕。

そして2026年9月場所では、21歳にして西関脇まで昇進しています。

父は元幕内・大碇の甲山親方。

次男の忠剛さんは同じ伊勢ノ海部屋で碇潟として大相撲の土俵に上がり、三男の夕剛さんも埼玉栄高校相撲部で活躍しています。

小学3年生の時に母・直美さんを亡くしてから、父が男手ひとつで3兄弟を育ててきました。

2026年には横綱から初金星を挙げ、その懸賞金をすべて父へ渡した藤ノ川関。

父と息子の強い絆を感じさせるエピソードですよね。

そして現在は、148年の歴史を持つ「藤ノ川」の四股名を継ぐ6代目。

すでに歴代最高位の関脇に並びました。

次なる目標は、歴代藤ノ川がまだ誰も到達していない大関以上の番付でしょうか。

21歳の「令和の牛若丸」が、これからどこまで番付を駆け上がっていくのか。

藤ノ川成剛関の今後の活躍から、ますます目が離せませんね。