2026年9月25日、愛知・名古屋アジア競技大会の競泳男子200m背泳ぎで、西小野皓大選手が見事金メダルを獲得しました!
150m地点まで3位につけていた西小野選手でしたが、そこから後半に強い持ち味を発揮。
最後の50mで逆転し、1分56秒42で優勝しました。
大会序盤の100m背泳ぎでも自己ベストとなる54秒03を記録して4位。
そして本命ともいえる200mで、ついにアジアの頂点に立ちました。
西小野選手といえば、水中で力強く進む「バサロキック」が大きな武器。
世界選手権でもそのバサロが注目されましたが、今回のアジア大会でも後半の強さを存分に見せてくれました。
まさに今、日本男子背泳ぎで注目しておきたい選手の一人ですね。
今回はそんな西小野皓大選手について、出身地や身長、大学や高校、兄弟などの家族構成、水泳を始めたきっかけやこれまでの競技成績まで詳しくご紹介します。
西小野皓大選手の基本プロフィール
まずは基本的なプロフィールから見ていきましょう。
- 名前:西小野皓大(にしおの こうだい)
- 生年月日:2003年4月7日
- 年齢:23歳(2026年9月現在)
- 出身地:鹿児島県鹿児島市
- 専門種目:競泳・背泳ぎ
- 出身高校:鹿児島情報高等学校
- 出身大学:中京大学
- 所属:新東工業株式会社豊川製作所
- 競技拠点:愛知県
- 主な種目:100m・200m背泳ぎ
生年月日は2003年4月7日。
JOCの愛知・名古屋アジア大会日本代表プロフィールにも掲載されており、2026年9月現在23歳です。
出身地についても鹿児島県鹿児島市であることが確認されています。
一方、気になる身長については、日本代表プロフィールなどでも数値が掲載されていません。
テレビ朝日の日本代表選手紹介でも「身長」の欄は空欄となっており、2026年9月現在、信頼できる公式情報から正確な身長を確認することはできませんでした。
ネット上には身長についてさまざまな数字が出る可能性がありますが、ここは無理に推測せず、公式発表を待つのがよさそうですね。
ぜんそく治療がきっかけ!5歳から水泳を始める
西小野選手が水泳を始めたのは5歳の頃。
そのきっかけは、ぜんそくの治療の一環でした。
幼い頃は健康のために始めた水泳。
それが約18年後にはアジア大会の金メダルにつながるのですから、人生は本当に分からないものですよね。
幼少期から所属していたのが、鹿児島県の「メルヘン姶良」。
西小野選手は大学時代に日本代表となった際にも、中京大学とともにメルヘン姶良所属として登録されています。
鹿児島で水泳を始め、大学進学で愛知へ移ってからも、長く地元のクラブとのつながりを持ち続けていたことが分かります。
体を強くするために始めた水泳が、やがて人生の中心となり、日本代表として世界で戦うまでになりました。
同じように幼少期にぜんそくなどで運動に不安を感じている子供やご家族にとっても、勇気をもらえるエピソードではないでしょうか。
小学3年生で全国大会へ!6年生で初優勝
西小野選手が初めて全国大会に出場したのは、小学3年生の時でした。
そして小学6年生で初優勝。
さらに小学5年生の時には、200m背泳ぎで当時の記録を約6秒も縮める鹿児島県学童新記録を樹立しました。
しかもMBCが2025年に取材した時点でも、その記録は破られていなかったそうです。
小学生が県記録をほんの少し更新するのではなく、一気に約6秒縮めたというのは驚きですよね。
しかし、西小野選手の強さは単純な身体能力だけではなかったようです。
子供の頃から「水泳オタク」だった!
小学生時代の西小野選手を知るコーチが、強さの理由として挙げていた言葉があります。
それが、
「水泳オタク」
でした。
時間があれば水泳の情報をチェックし、ライバル選手のタイムや泳ぎを研究。
そこから自分なりに工夫を重ねていたそうです。
小学生の頃から「どうすればもっと速く泳げるのか」を自分で考えていたことになります。
個人的には、ここが西小野選手のすごさを一番感じるところです。
スポーツの世界では才能や体格が注目されがちですが、長くトップで戦うためには「競技そのものが好き」という気持ちも大きいのでしょう。
好きだから調べる。
調べるから気づく。
気づいたことを練習する。
その積み重ねが、現在の独特なバサロキックにもつながっているのかもしれませんね。
宮下純一から声をかけてもらっていた少年時代
西小野選手には、地元・鹿児島の大先輩もいました。
北京オリンピック男子400mメドレーリレー銅メダリストの宮下純一さんです。
宮下さんも鹿児島県出身で、背泳ぎを専門としていた選手。
西小野選手は少年時代、大会で宮下さんと顔を合わせるたびに声をかけてもらっていたそうです。
同じ鹿児島出身。
しかも同じ背泳ぎ。
オリンピックのメダリストから直接声をかけてもらえることは、少年だった西小野選手にとって大きな励みになったことでしょう。
そして今度は西小野選手自身が、日本代表として国際大会の金メダリストになりました。
鹿児島の水泳少年たちから「西小野選手みたいになりたい」と思われる側になっていくのかもしれませんね。
高校は鹿児島情報高校!
西小野皓大選手の出身高校は、鹿児島情報高等学校です。

高校時代も競泳選手として活躍し、全国レベルの選手へと成長していきました。
高校時代から背泳ぎを中心に複数種目へ出場。
そして2019年には、アジアエイジグループ選手権の15~17歳カテゴリーで200m背泳ぎ優勝を経験しています。
つまり、西小野選手は2025年に突然日本代表へ現れた選手ではありません。
10代の頃から国際大会で結果を残していたのです。
そして当時から掲げていた大きな夢が、
「オリンピックに出場すること」
でした。
高校卒業後、その夢を追いかけるために鹿児島を離れます。
中京大学へ進学!鹿児島から愛知へ
2022年度、西小野選手は愛知県の中京大学へ進学しました。
中京大学は数多くのオリンピック選手を輩出してきた競泳の名門。
鹿児島から愛知へ生活拠点を移し、さらに高いレベルの環境で競技に取り組むことになります。
そして大学1年目から結果を残しました。
2022年の日本学生選手権、いわゆるインカレで、
男子200m背泳ぎ優勝。
大学1年生でいきなり学生日本一に輝きました。
さらに2023年には中国・成都で行われたFISUワールドユニバーシティゲームズに出場。
200m背泳ぎで銀メダルを獲得します。
国内だけでなく、大学生の世界大会でも表彰台へ。
少しずつ「日本代表」という目標が現実に近づいていきました。
2025年日本選手権2位!初の世界水泳代表へ
大きな転機となったのが2025年です。
日本選手権男子200m背泳ぎで、
1分56秒28の2位。
この結果によって、シンガポールで開催される世界水泳選手権の日本代表に初めて選ばれました。
幼い頃から夢見てきた日本代表。
小学3年生で全国大会へ出場してから十数年。
「水泳オタク」と呼ばれた鹿児島の少年が、ついに日の丸を背負って世界へ挑むことになりました。
世界水泳で自己ベスト!200m背泳ぎ11位
2025年7月、シンガポール世界水泳選手権。
初の世界選手権となった西小野選手は、男子200m背泳ぎに出場しました。
予選を突破して準決勝へ進出。
準決勝では、
1分56秒04
の自己ベストを記録しました。
結果は全体11位。
決勝進出こそ逃しましたが、初めての世界選手権という大舞台で自己ベストを更新したことは大きな自信になったようです。
本人も大会後、「世界の舞台で自分の成長を感じられた」という趣旨のコメントを残しています。
普通なら初の世界大会では緊張して記録を落としてしまっても不思議ではありません。
そこで自己ベスト。
大舞台に強い選手なのかもしれませんね。
西小野皓大の武器は驚異の「バサロキック」
西小野選手を語るうえで外せないのが、
バサロキック
です。
背泳ぎではスタートやターンの後、水中でドルフィンキックを打ちながら進みます。
西小野選手はこの水中局面を大きな武器にしています。
2025年の世界水泳でも、ターン後のバサロで順位を上げる泳ぎが注目されました。
そして本人も2026年、中京大学の取材に、
「自分の強みはバサロキック」
と明言。
キック力の強化にも取り組んでいると話しています。
水泳を見慣れていない方だと、水面を泳いでいる部分だけに目が行きがちですよね。
しかし西小野選手を見る時は、ぜひターン後の水中にも注目してみてください。
壁を蹴った後、他の選手よりグッと前へ出てくる場面があります。
この「見えない水中」での強さこそ、西小野皓大選手の大きな魅力です。
2026年、新東工業へアスリート社員として入社
中京大学卒業後の2026年4月1日、西小野選手は、
新東工業株式会社
へアスリート社員として入社しました。
所属は豊川製作所です。
新東工業は競泳をはじめ、スポーツクライミングやカーリングなど複数競技のアスリートを支援しています。
西小野選手も競技活動に集中できる環境で、2028年ロサンゼルスオリンピックを目指すことになりました。
本人も入社時に、パンパシフィック選手権やアジア大会で全力を尽くし、2028年ロサンゼルス五輪で活躍したいという目標を語っています。
2026年も日本代表!パンパシフィック選手権へ
2026年3月の日本選手権では、男子200m背泳ぎで1分57秒04を記録して2位。
派遣標準記録には届かなかったものの、前年の世界選手権などの実績が評価され、2026年も日本代表に選ばれました。
さらに6月の第102回日本選手権では、
- 100m背泳ぎ:3位
- 200m背泳ぎ:3位
に入っています。
そして8月にはアメリカ・カリフォルニア州アーバインで開催されたパンパシフィック選手権に出場。
100m、50m、200m背泳ぎにエントリーし、シニアの国際大会経験をさらに積みました。
特に200mではA決勝進出こそ逃したものの、世界の強豪と再び同じ舞台で戦った経験が、約1か月後のアジア大会にもつながったのではないでしょうか。
UNIVAS AWARDSでも評価された大学4年間
競技成績だけではありません。
中京大学時代の活躍が評価され、西小野選手は「UNIVAS AWARDS 2025-26」のマン・オブ・ザ・イヤー部門で優秀賞を受賞しました。
大学スポーツで優れた実績を残した学生を表彰する賞です。
大学1年でインカレ優勝。
ワールドユニバーシティゲームズ銀メダル。
大学4年で世界水泳日本代表。
振り返ってみると、中京大学で過ごした4年間は西小野選手にとって大きな成長期間だったことが分かりますね。
西小野皓大の兄弟は?父親・母親など家族を調査
西小野皓大選手について、
「兄弟はいるの?」
「父親や母親はどんな人?」
と気になる方も多いようです。
そこで家族についても調べてみました。
しかし2026年9月現在、父親・母親の名前や職業、兄弟姉妹の有無や人数について、信頼できる公式プロフィールや主要メディアのインタビューから確認することはできませんでした。
そのため、
西小野皓大選手に兄弟がいるかどうかは公表情報からは確認できない
というのが現時点での結論です。
もちろん5歳から水泳を始め、小学生の頃から全国大会へ出場していたこ





