広島東洋カープの新井貴浩監督には、いま二重の注目が集まっています。
1つ目は、もちろんチームのことです。
2026年シーズンの広島カープは4位に終わり、3年連続のBクラスとなりました。ファンにとっては悔しいシーズンでしたが、9月22日に松田元オーナーが来季続投の方針を示し、10月9日には正式に続投が決定しました。
2027年は監督就任5年目。新井監督にとっても、チームの巻き返しを懸けた重要なシーズンになりそうですね。
そして、もう1つの注目がご家族のことです。
長男で関西学院大学4年生の新井亮規浩(あらい・あきひろ)選手が、2026年のプロ野球志望届を提出しました。
10月22日に開催されるドラフト会議を前に、「新井監督の息子がプロ野球選手になるのでは?」と関心が高まっています。
さらに、次男の新井颯真(あらい・そうま)さんも関西大学の硬式野球部に所属しています。
父親はプロ野球の監督、息子2人は大学野球選手。まさに野球一家と呼びたくなる顔ぶれですよね。
そこで今回は、新井貴浩監督の息子さん2人について、通っている大学や名前、これまでの野球経歴、プロ入りの可能性、そして気になる双子説まで詳しく調べてみました。
父親と息子たちの心温まるエピソードもご紹介しますので、ぜひ最後までご覧ください。
新井貴浩のプロフィールと家族構成!妻・裕美子さんと息子2人
まずは新井貴浩さん本人のプロフィールと、家族構成から見ていきましょう。

新井貴浩さんは1977年1月30日生まれ、広島県広島市出身です。
広島県立広島工業高校から駒澤大学へ進学し、1998年のドラフト6位で広島東洋カープに入団しました。
決してドラフト上位のエリート選手ではありませんでしたが、持ち前の努力と勝負強さでチームの中心選手へと成長します。
その後、阪神タイガースへの移籍を経験し、2015年には古巣の広島カープに復帰。
2016年には通算2000安打を達成し、同年のセ・リーグMVPにも輝きました。
2018年に現役を引退した後は野球解説者などを経て、2023年から広島カープの監督を務めています。
新井さんといえば、豪快なバッティングだけでなく、チームメートやファンから愛される人柄も印象的でしたよね。
そんな新井さんを家庭で支えてきたのが、奥さんの裕美子さんです。
新井貴浩の妻は大橋裕美子!大学時代からの交際を経て結婚
新井貴浩さんの妻は、大橋裕美子さんです。
報道などによると、お2人は駒澤大学時代に出会い、交際をスタートさせたとされています。
そして2003年12月に結婚しました。
裕美子さんについては、かつて女性タレント育成プロジェクト「乙女塾」に在籍していた経歴も紹介されています。
ただし、現在は一般の方として生活されているため、詳しい私生活については公表されていない部分もあります。
新井さんが広島から阪神へ移籍し、その後再び広島へ戻るまでには、選手としてさまざまな苦労がありました。
その長い野球人生を家族が支えてきたことを思うと、夫婦の歩みの深さを感じますね。
新井貴浩の子供は息子2人!長男と次男の名前は?
新井貴浩さんには、2人の息子さんがいます。
長男は新井亮規浩(あきひろ)さん、次男は新井颯真(そうま)さんです。
それぞれのプロフィールをまとめると、次のようになります。
| 項目 | 長男 | 次男 |
|---|---|---|
| 名前 | 新井亮規浩 | 新井颯真 |
| 読み方 | あきひろ | そうま |
| 生年月日 | 2004年9月10日 | 2006年10月2日 |
| 出身高校 | 関西学院高等部 | 甲南高校 |
| 大学 | 関西学院大学 | 関西大学 |
| 学年 | 4年生 | 2年生 |
| 投打 | 右投げ左打ち | 右投げ右打ち |
| 主なポジション | 内野手 | 内野手 |
※学年は2026年10月時点です。
長男の亮規浩さんの名前には、父親の「貴浩」と共通する「浩」の字が使われています。
名前の由来について詳しい説明は確認できませんでしたが、親子で同じ漢字を持っているというのは、何だか素敵ですよね。
そして、2人の息子さんは子供の頃から父親の野球人生を間近で見てきました。
特に印象的なのが、2016年の2000安打達成記念セレモニーです。
息子2人が始球式!父の2000安打を祝った感動のエピソード
2016年4月26日、新井貴浩さんはプロ野球史上47人目となる通算2000安打を達成しました。
そして4月29日、マツダスタジアムで行われた記念セレモニーに、長男の亮規浩さんと次男の颯真さんが登場したのです。
当時、長男は小学6年生、次男は小学4年生でした。
2人は試合前の始球式を務め、そろってストライク投球を披露しました。
日刊スポーツの報道によると、亮規浩さんは父親について「格好いいパパです」と話し、颯真さんも普段は優しく遊んでくれる父親が、試合になると真剣な表情になることを誇らしそうに語っていました。
2000安打という大記録も素晴らしいですが、息子たちから尊敬される父親であることも、新井さんにとって大きな喜びだったのではないでしょうか。
あれから10年。
小学生だった2人が大学野球の舞台でプレーし、長男はプロ入りを目指すまでに成長したのですから、時の流れを感じますね。
長男・新井亮規浩の野球経歴!関西学院高等部から関西学院大学へ
ここからは、長男の新井亮規浩さんについて詳しく見ていきましょう。
亮規浩さんは2004年9月10日生まれで、2026年10月現在22歳です。
広島県で生まれ、幼稚園の頃に兵庫県へ移りました。
中学校は関西学院中学部、高校は関西学院高等部、大学も関西学院大学へ進学しています。
まさに関西学院で学びながら野球に取り組んできた選手です。
身長は184センチ前後、右投げ左打ちの大型内野手として知られています。
大学での背番号は、父親が現役時代に背負っていた「25」。
父親と同じ番号をつけてプレーする姿には、特別な思いを感じますよね。
中学から本格的に野球を始めた遅咲きの選手
亮規浩さんが本格的に野球を始めたのは、関西学院中学部に入学してからです。
プロ野球選手の息子というと、小学生の頃から強豪チームで活躍していたイメージを持つ方もいるかもしれません。
しかし、亮規浩さんは少し違います。
中学から野球に本格的に取り組み、高校時代も甲子園出場はありませんでした。
高校2年秋にはベンチ入りを果たし、公式戦にも出場しましたが、チームの中心選手として華々しい実績を残してきたわけではありません。
高校最後の夏も悔しい結果に終わりました。
それでも野球を諦めることなく、関西学院大学へ進学して競技を続ける道を選びました。
父親が偉大なプロ野球選手だからこそ、周囲からの期待やプレッシャーもあったのではないでしょうか。
それでも自分のペースで努力を続けてきた姿には、応援したくなるものがありますね。
大学4年春にリーグ戦初出場!甲子園で初打席初安打
関西学院大学に進学してからも、亮規浩さんの野球人生は決して順風満帆ではありませんでした。
大学3年春にベンチ入りを果たしたものの、リーグ戦で初めて打席に立ったのは4年生になってからです。
転機となったのは、2026年4月12日に甲子園球場で行われた関西大学との試合でした。
亮規浩さんは6回に代打として登場。
そして、記念すべきリーグ戦初打席で右中間への二塁打を放ったのです。
さらに9回にもセンター前ヒットを記録し、この日は3打数2安打の活躍を見せました。
しかも舞台は、父親の新井貴浩さんが阪神時代にプレーしていた甲子園球場です。
父親と同じ背番号25をつけ、甲子園で初安打を放つ。
野球ファンにとっても、何とも感慨深い場面だったのではないでしょうか。
スポニチの報道では、亮規浩さんが初出場について、ようやくスタートラインに立てたという趣旨のコメントを残しています。
4年間努力を続け、ようやくつかんだチャンス。
華やかな記録だけでは見えてこない、大学野球の厳しさと努力の大切さを感じるエピソードですね。
父と同じ背番号25!赤いリストバンドに込められた思い
亮規浩さんのプレーで、もう1つ注目したいのが背番号と野球道具です。
大学で背負う背番号は、父親と同じ25番。
2026年4月のリーグ戦初出場では、父親から贈られた赤いリストバンドや防具を身につけて打席に立っていました。
赤といえば、もちろん広島カープを連想しますよね。
ただ、父親の道具を身につけているからといって、単に父親の名前に頼っているわけではありません。
亮規浩さんは自分自身の力でベンチ入りを果たし、試合に出場する機会を勝ち取ってきました。
父親への尊敬と、自分の実力で勝負したいという気持ち。
その両方が伝わってくるようなエピソードです。
2026年秋には4番DH!約8キロ増量で打撃力を強化
2026年の秋季リーグ戦では、亮規浩さんにさらに大きなチャンスが訪れました。
9月5日の立命館大学戦で、4番・指名打者として先発出場したのです。
この試合では4打数1安打を記録し、チームの勝利に貢献しました。
報道によると、打撃力を高めるために夏場の体づくりに取り組み、体重を約8キロ増やしたとされています。
また、関西学院大学の本荘雅章監督も、亮規浩さんが実力で4番の座をつかんだことを評価していました。
父親がプロ野球の監督というだけで、特別扱いされるわけではない大学野球の世界。
そこで4番を任されるまでに成長したことは、大きな自信になったのではないでしょうか。
遅咲きの選手が最後の大学生活で大きく成長する姿は、見ていて勇気をもらえますね。
次男・新井颯真の野球経歴!甲南高校から関西大学へ
続いて、次男の新井颯真さんについてご紹介します。
颯真さんは2006年10月2日生まれで、2026年10月現在20歳です。
兵庫県の甲南高校を卒業し、2025年4月に関西大学へ進学しました。
現在は関西大学硬式野球部に所属する大学2年生です。
右投げ右打ちの内野手で、高校時代には一塁手や投手としてもプレーしていました。
兄の亮規浩さんとは違う学校で野球に取り組んできましたが、2人とも関西学生野球連盟に所属する大学へ進学しています。
中学時代はバスケットボール部!野球との両立も経験
颯真さんの経歴で意外なのが、中学時代にバスケットボールにも取り組んでいたことです。
颯真さんは啓明学院中学校に通い、バスケットボール部に所属していました。
その一方で、関メディベースボール学院でも野球に取り組んでいたと報じられています。
つまり、中学時代から野球一筋というわけではなかったのですね。
バスケットボールで培ったフットワークや瞬発力なども、野球に生かされているのかもしれません。
ただし、これは競技の特性から考えられることであり、本人が具体的に効果を語ったものではありません。
高校は啓明学院ではなく、兵庫県の甲南高校へ進学しています。
ネット上で中学校と高校の情報が混同されることもあるようですが、正しくは「啓明学院中学校から甲南高校」です。
甲南高校3年夏にサヨナラ勝利を呼ぶヒット!
颯真さんが注目を集めたのは、甲南高校3年生だった2024年夏の兵庫大会です。
当時は主に代打として起用されていました。
7月の試合では、9回の重要な場面で代打として登場し、センター前へヒットを放ちました。
この一打をきっかけに打線がつながり、チームは逆転サヨナラ勝利を収めています。
颯真さんにとっても、うれしい公式戦初安打でした。
さらに印象的なのは、この試合で父親の新井貴浩監督が球場に駆けつけていたことです。
試合前には父親から励ましの連絡も届いていたそうです。
広島カープの監督という多忙な仕事をこなしながら、息子の高校野球を応援するために兵庫まで足を運ぶ。
グラウンドでは厳しい勝負の世界に生きる監督も、息子の試合では一人の父親なのですね。
颯真さんも、父親が見守る中で結果を残せたことがうれしかったのではないでしょうか。
甲南高校ではベンチから仲間を支える姿も
颯真さんの高校時代を語るうえで、忘れてはいけないのがチームを支える姿勢です。
2024年夏の兵庫大会では、代打としての出場だけでなく、伝令などの役割でもチームに貢献していました。
試合に出ていないときも全力で走り、仲間をサポートする。
こうした姿勢は、父親の新井貴浩さんが現役時代から大切にしてきた、チームのために全力を尽くす姿勢にも重なるように感じます。
甲南高校は兵庫大会16強まで進みましたが、5回戦で敗退。
颯真さんの高校野球生活は幕を閉じました。
甲子園出場という夢はかなわなかったものの、最後の夏に仲間とともに戦った経験は、その後の野球人生にとって大きな財産になったことでしょう。
関西大学に進学!勝負強い選手を目指す
高校卒業後、颯真さんは公募推薦入試を利用して関西大学に進学しました。
2025年4月に入学し、当初は硬式野球部に仮入部していましたが、同年5月1日に正式入部が報じられています。
入部時には、自分の長所として全力疾走や全力プレーを挙げ、勝負どころで結果を残せる選手になりたいという意気込みを語っていました。
このコメントからも、颯真さんが結果だけでなく、日々の取り組みやチームへの貢献を大切にしていることが伝わってきます。
大学野球は高校野球以上に競争が激しく、レギュラーをつかむことも簡単ではありません。
それでも、大学で野球を続ける道を選んだ颯真さん。
今後どのような成長を見せてくれるのか、楽しみですね。
新井貴浩の息子は双子?兄弟の年齢差と関西で育った理由
新井貴浩さんの息子さんについて調べていると、「双子なのでは?」という疑問を持つ方もいるようです。
しかし、亮規浩さんと颯真さんは双子ではありません。
長男は2004年9月10日生まれ、次男は2006年10月2日生まれです。
生年月日が異なり、約2歳離れた兄弟であることが分かります。
2016年の始球式でも、長男は小学6年生、次男は小学4年生として紹介されていました。
2人とも野球をしていることや、同じ関西学生野球連盟の大学に所属していることから、双子と勘違いする方もいるのかもしれませんね。
兄は関西学院大学、弟は関西大学!同じリーグで対戦の可能性
兄弟の進学先で興味深いのは、関西学院大学と関西大学が同じ関西学生野球連盟に所属していることです。
この連盟には、関西学院大学、関西大学、同志社大学、立命館大学、近畿大学、京都大学の6大学が加盟しています。
そのため、リーグ戦では兄弟が別々のチームの選手として対戦する可能性があります。
実際に、長男の亮規浩さんが2026年4月にリーグ戦初安打を放った試合の相手は、弟が所属する関西大学でした。
ただし、その試合で兄弟が直接対戦したことまでは確認できませんでした。
もし将来、兄が打席に立ち、弟が守備につくような場面があれば、家族にとっても忘れられない試合になりそうですね。
兄弟で同じ競技を続けながら、それぞれ違う大学で努力を重ねている姿には、何とも微笑ましいものがあります。
なぜ息子2人は関西の学校へ進学した?
「父親は広島カープの監督なのに、なぜ息子さんたちは関西の学校なの?」
そんな疑問を持つ方もいるかもしれません。
実は長男の亮規浩さんは、幼稚園の頃に兵庫県へ移り住んだことが報じられています。
新井貴浩さんが阪神タイガースでプレーしていた時期とも重なります。
その後、亮規浩さんは関西学院中学部から高等部、大学へと進学しました。
一方、次男の颯真さんも兵庫県内の学校で学び、甲南高校から関西大学へ進んでいます。
家族が関西で生活していたことが、進学先に影響した可能性は考えられます。
ただし、本人たちが学校を選んだ詳しい理由については、公表された情報だけでは断定できません。
父親が広島で監督を務めているからといって、必ずしも子供たちが広島の学校へ進むわけではありません。
それぞれが自分の環境で野球を続けていることも、新井家らしい一面なのかもしれませんね。
新井貴浩の長男がプロ志望届を提出!2026年ドラフトに注目
そして、2026年秋の最大の話題が、長男・新井亮規浩さんのプロ志望届提出です。
9月5日の関西学生野球秋季リーグ開幕戦後、亮規浩さんがプロ志望届を提出する意向であることが報じられました。
その後、実際に提出が確認され、10月8日に締め切られた大学生の提出者一覧にも名前が掲載されています。
2026年の大学生プロ志望届提出者は149人。
高校生127人と合わせると276人が志望届を提出しました。
もちろん、志望届を提出した選手全員がプロ入りできるわけではありません。
その中で指名を勝ち取るのは、決して簡単なことではないのです。
長男は育成指名も視野にプロ入りを目指す
亮規浩さんは、プロ入りに向けて強い意欲を示しています。
報道では、育成選手としての指名も視野に入れていることが伝えられています。
また、自分の持ち味であるフルスイングを貫きたいという思いも語っています。
大学4年春までリーグ戦の打席に立てなかった選手が、最後の年に4番を任され、プロ入りを目指す。
この成長ぶりは、まさに努力の積み重ねを感じさせます。
ただ、プロ志望届の提出は、あくまでプロ入りへの挑戦を表明するものです。
現時点でNPB球団からの指名が決まっているわけではなく、ドラフトで指名されるかどうかは10月22日を待つ必要があります。
父親の名前ではなく、自分のプレーで評価されたい。
そんな気持ちもあるのではないかと想像すると、ますます応援したくなりますね。
父・新井貴浩もドラフト6位!親子に共通する努力の道
亮規浩さんの挑戦を見ていると、父親の新井貴浩さんのプロ入り当時を思い出します。
新井貴浩さんは駒澤大学から1998年のドラフト6位で広島カープに入団しました。
大学時代から全国的に注目されるスター選手だったわけではありません。
プロ入りを目指して努力を重ね、野村謙二郎さんに打撃を見てもらったというエピソードも知られています。
そしてプロ入り後は、通算2000安打を達成するまでに成長しました。
ドラフト6位から球界を代表する打者へ。
この歩みは、努力を続けることの大切さを教えてくれるように思います。
もちろん、父親と息子では時代も環境も違います。
それでも、すぐに結果が出なくても諦めずに挑戦する姿勢には、どこか共通するものを感じますね。
2026年ドラフト会議は10月22日!指名の可能性は?
2026年のプロ野球ドラフト会議は、10月22日(木)に開催されます。
日本野球機構によると、開始予定時刻は午後4時50分です。
長男の亮規浩さんはプロ志望届を提出しているため、ドラフト指名の対象となっています。
ただし、実際に指名されるかどうかは現時点では分かりません。
大学4年春からリーグ戦で出場機会を増やした選手であり、プロ球団がどのような評価をしているのかも気になるところです。
父親と同じ広島カープから指名されるのか、それとも別の球団から声がかかるのか。
あるいは、今回のドラフトでは指名されない可能性もあります。
どのような結果になったとしても、ここまで努力してきた経験は、亮規浩さんにとって大きな財産になるはずです。
新井貴浩監督は息子たちの野球をどう見守っている?
新井貴浩さんは2026年シーズン、広島カープの監督として苦しい1年を過ごしました。
チームは4位に終わり、3年連続Bクラス。
さらに、シーズン中には球団を取り巻く騒動もあり、決して平穏な1年ではありませんでした。
それでも2027年シーズンの続投が正式に決まり、監督就任5年目に向けて再出発することになります。
一方、家庭では長男がプロ入りを目指し、次男も大学野球に励んでいます。
監督としてチームの勝利を目指す立場と、息子たちの成長を見守る父親としての立場。
新井さんにとって、どちらも大切なものなのでしょう。
息子の試合を応援する父親としての素顔
2024年夏、新井監督は多忙なスケジュールの合間を縫って、次男の颯真さんが出場する高校野球の試合を観戦しました。
その日は広島カープの試合も控えており、早朝から移動する慌ただしい日程だったと報じられています。
それでも、息子の最後の夏を見届けようと球場へ足を運びました。
スタンドではほかの保護者と一緒に応援し、息子がベンチからチームを支える姿にも温かい視線を送っていたそうです。
プロ野球の監督であっても、息子の試合では一人の父親。
こうした姿を知ると、新井監督の人柄がより身近に感じられますね。
2016年には小学生だった息子2人が父親の2000安打を祝福し、2024年には父親が次男の高校野球を応援。
そして2026年には長男がプロ入りを目指しています。
家族それぞれが野球を通じて成長してきたことが伝わってきます。
2027年は監督5年目!父と息子それぞれの挑戦に期待
2027年シーズン、新井貴浩監督は広島カープの指揮官として5年目を迎えます。
2023年にはチームを2位へ導いたものの、その後は3年連続Bクラスとなりました。
来季はチームの立て直しが大きな課題となります。
一方、長男の亮規浩さんは2026年ドラフトの結果によって、今後の進路が決まっていきます。
次男の颯真さんも大学野球で経験を積みながら、さらなる成長を目指しています。
親子3人が、それぞれ異なる立場で野球と向き合っているのですね。
野球の世界は厳しく、努力したからといって必ず結果が出るわけではありません。
それでも、挑戦し続ける姿には人の心を動かす力があると思います。
新井監督が再びカープを上位へ導くことができるのか。
そして息子たちが、それぞれの夢にどこまで近づけるのか。
これからの新井家にも注目していきたいですね。
まとめ|新井貴浩の息子2人は関西学院大学と関西大学で野球を続けている!
今回は、広島東洋カープ・新井貴浩監督の息子さん2人について、大学や名前、野球経歴を中心にご紹介しました。
改めてポイントを整理すると、次のようになります。
- 新井貴浩監督には長男・亮規浩さんと次男・颯真さんの2人の息子がいる
- 長男の亮規浩さんは2004年9月10日生まれで、関西学院大学4年生
- 次男の颯真さんは2006年10月2日生まれで、関西大学2年生
- 2人は双子ではなく、約2歳違いの兄弟
- 長男は関西学院高等部、次男は甲南高校の出身
- 長男は2026年4月に甲子園でリーグ戦初打席初安打を記録
- 次男は高校3年夏の兵庫大会で逆転サヨナラ勝利につながるヒットを放った
- 長男は2026年のプロ志望届を提出し、10月22日のドラフト会議に臨む
- 兄弟が所属する大学は同じ関西学生野球連盟に加盟している
特に注目したいのは、長男の亮規浩さんが大学4年生になってから大きく成長し、プロ入りを目指していることです。
父親の新井貴浩さんも、ドラフト6位から努力を重ねて2000安打を達成した選手でした。
親子で歩んできた道は違いますが、簡単には諦めず、地道に努力を続ける姿には共通するものを感じます。
そして、次男の颯真さんも関西大学で野球に打ち込んでいます。
2016年に父親の2000安打を祝った小学生の兄弟が、10年後には大学野球の舞台でそれぞれの夢を追いかけている。
そう考えると、何とも感慨深いものがありますね。
2026年10月22日のドラフト会議で、長男の亮規浩さんはどのような結果を迎えるのでしょうか。
そして、2027年に監督就任5年目を迎える新井貴浩さんは、広島カープを再び上位へ導けるのでしょうか。
これからも新井親子の活躍を楽しみに応援していきたいと思います!





