「35km競歩」という、普段はあまり耳にしない種目で世界のトップに立った川野将虎(かわの・まさとら)選手。
2022年の世界陸上オレゴン大会では銀メダル、2023年のブダペスト大会では銅メダルを獲得し、2024年10月には35km競歩で2時間21分47秒の世界記録を樹立しました。
さらに、2026年10月25日にはマラソン競歩で2時間55分14秒(速報値)の世界記録を樹立!
新種目のマラソン競歩に初挑戦し、いきなり初代世界記録保持者になったのですから、本当に驚きですよね。
東京オリンピックの50km競歩で、暑さと体調不良に苦しみながらも最後まで歩き抜いた姿を覚えている方も多いのではないでしょうか。
そんな川野選手について、競技以外で気になるのがプライベートです。
「川野将虎選手は結婚しているの?」
「妻(嫁)や彼女はどんな人?」
「子供はいるの?」
「父親や母親、兄弟など家族構成は?」
1998年生まれで、2026年10月23日に28歳になったばかりの川野選手。結婚していても不思議ではない年齢ですし、気になっている方もいると思います。
調べてみると、結婚や交際に関する公式発表・信頼できる報道は確認できませんでした。
一方で、ご家族については、自衛官のお父さんや、競歩を経験したと紹介されている弟さんたちなど、興味深いエピソードが見つかりました。
この記事では、川野将虎選手の結婚・妻・彼女・子供の情報から、父親や母親、兄弟との家族構成、名前の由来、競歩を始めたきっかけ、そして2026年の最新情報まで詳しく紹介します。
世界記録を生み出した川野選手が、どのような環境で育ってきたのかも一緒に見ていきましょう。
川野将虎は結婚している?妻(嫁)や彼女の情報を調査
まずは、川野将虎選手の結婚について調べてみました。
世界で活躍するトップアスリートだけに、奥さんがいるのか、交際している女性がいるのか気になりますよね。
結婚・妻(嫁)の公表は確認できず
結論からお伝えすると、2026年10月25日時点で、川野将虎選手が結婚したという公式発表や信頼できる報道は確認できませんでした。
所属する旭化成陸上部の公式プロフィール、日本陸上競技連盟、日本オリンピック委員会の選手紹介にも、結婚や妻についての記載は見当たりません。
ただし、ここで注意したいのが、「結婚の発表がない=独身」とは限らないということです。
アスリートの中には、結婚を公表する方もいれば、私生活をあまり表に出さない方もいます。
そのため、現在の情報だけで「川野選手は独身です」と断定することはできません。
一部の個人ブログでは、結婚に関する情報が出ていないことから独身と推測する記事もありますが、あくまで推測です。
川野選手本人から発表があれば話は別ですが、現段階では「結婚しているかどうかは公表されていない」というのが正確な答えになります。
個人的には、世界記録を何度も樹立するほどの選手ですから、競技を支えてくれる大切な存在がいても不思議ではないと思います。
ただ、それが奥さんなのか、ご家族なのか、あるいは指導者やチームの仲間なのかは、本人が語っていない以上、想像だけで決めつけることはできませんね。
彼女・熱愛の報道も確認できず
続いて、川野将虎選手の彼女や交際相手についても調べました。
こちらについても、特定の女性との交際や熱愛を裏付ける信頼できる報道は確認できませんでした。
公式プロフィールや競技に関するインタビューでは、練習や大会への思いが中心で、恋愛について詳しく語った情報は見つかっていません。
ネット上にはさまざまな推測が掲載されることもありますが、根拠のない噂を事実のように紹介するのは避けたいところです。
川野選手は2025年の東京世界陸上を振り返り、結果は悔しかったものの、日本の大声援を受けながら歩いた経験は特別だったと、所属先の選手Q&Aで語っています。
世界のトップで戦い続けるために、競技への強い思いを持っていることが伝わってきますよね。
もちろん、競技に集中しているから恋愛をしていないというわけではありません。
プライベートについては、今後ご本人から話が出ることがあれば、温かく見守りたいと思います。
子供についても公表なし
川野将虎選手に子供がいるのかについても、調べた範囲では公表情報を確認できませんでした。
結婚しているかどうかが明らかになっていないため、お子さんの有無についても判断できない状況です。
世界で活躍するアスリートというと、ご家族が応援している様子をテレビなどで見かけることもあります。
そのため、川野選手にも奥さんやお子さんがいるのでは、と気になる方がいるのかもしれません。
ただ、私生活に関する情報は、ご本人やご家族の意思を尊重することが大切ですよね。
現時点では、妻(嫁)・彼女・子供について、いずれも確かな公表情報は確認できないと整理しておきます。
川野将虎の家族構成は5人家族?父・母・弟2人を調査
続いて、川野将虎選手の家族構成を見ていきましょう。
結婚に関する情報は少ない一方で、幼少期のエピソードやご両親については、過去の新聞報道などから分かることがあります。
父・母・弟2人の5人家族と紹介されている
川野選手は、複数の紹介記事で3人兄弟の長男とされています。
家族構成については、次のような情報が掲載されています。
| 続柄 | 名前・情報 |
|---|---|
| 父親 | 公明(きみあき)さん。自衛官 |
| 母親 | 由加理(ゆかり)さんと紹介されている |
| 本人 | 川野将虎選手。長男 |
| 次男 | 辰彰(たつあき)さんと紹介されている |
| 三男 | 鷹綱(たかつね)さんと紹介されている |
父親の公明さんについては、2019年の日刊スポーツで自衛官と報じられています。
一方、母親の由加理さん、弟の辰彰さんと鷹綱さんという名前は、複数の個人ブログなどで紹介されているものです。
今回確認した範囲では、母親と弟2人の氏名を裏付ける公的なプロフィールや一次資料を十分に確認できませんでした。
そのため、5人家族という情報も含め、現時点では紹介記事に基づく情報として受け止めるのが適切でしょう。
それでも、世界で戦う川野選手に弟さんが2人いて、しかも競歩とのつながりがあるというのは興味深いですよね。
弟2人も競歩の経験者?
川野選手の弟さんについて調べると、兄弟で競歩に取り組んでいたとする情報が見つかりました。
次男の辰彰さんは、御殿場南高校で競歩に取り組み、2018年の競歩大会に出場したと紹介されています。
三男の鷹綱さんについても、2022年の全日本競歩輪島大会で中学生の競歩種目に出場したという情報があります。
ただし、これらは個人ブログなどで紹介されている情報が中心で、今回の調査では大会の公式記録と本人との関係を十分に照合できませんでした。
したがって、弟2人の競技歴については、現段階で断定せずに紹介しておきます。
もし3兄弟がそろって競歩に取り組んでいたのであれば、かなり珍しい家族ですよね。
競歩は、単に速く歩けばよい競技ではありません。
歩き方のルールを守りながら長い距離を進む必要があり、技術も持久力も求められます。
そんな競技に兄弟で取り組んでいたとすれば、普段の会話でも練習や大会の話が出ていたのかもしれません。
もちろん、これは想像ですが、家族に同じ競技を経験した人がいることは、選手にとって心強いことではないでしょうか。
今後、弟さんたちの詳しい競技歴や現在の活動について確かな情報が確認できれば、さらに注目したいところです。
父親の公明さんは自衛官!
川野将虎選手のお父さんは、公明(きみあき)さんという方です。
2019年10月の日刊スポーツの記事では、当時47歳の自衛官として紹介されていました。
その記事では、川野選手の長い手足について、お父さんから受け継いだ身体的特徴にも触れています。
世界で戦う競歩選手の強みの一つが、恵まれた体格にあるのかもしれませんね。
川野選手は小学校2年生から5年生ごろまで柔道を習っていました。
お父さんが自衛官だったこともあり、柔道を始めるきっかけに影響があったと紹介されています。
ただ、当時は試合でなかなか勝てなかったそうです。
今では世界記録を持つ川野選手ですが、子供のころから何でもできるスポーツ万能タイプだったわけではないというのが意外ですよね。
また、お父さんの仕事の関係で転居を経験したとされ、川野選手は宮崎県日向市で生まれ、静岡県小山町で育ちました。
生まれた場所と育った場所が違うのも、こうした家庭環境が関係しているようです。
お父さんの詳しい勤務歴や現在の職務については確認できませんでしたが、2019年の新聞報道によって自衛官だったことは裏付けられています。
母親の由加理さんはどんな人?
川野将虎選手のお母さんは、個人ブログなどで由加理(ゆかり)さんと紹介されています。
ただし、母親の名前や年齢、職業について、所属先や競技団体の公式情報では確認できませんでした。
そのため、名前については紹介記事に基づく情報であることをお伝えしておきます。
お母さんの職業についても公表情報は見つかっていません。
複数の息子を育てながら、トップアスリートとなった川野選手を見守ってきたご家族の存在は、きっと大きかったのではないでしょうか。
競歩は何十キロもの距離を歩く過酷な競技です。
東京オリンピックや世界陸上では、川野選手が体調の限界に近い状態でゴールする場面もありました。
応援する側としては、順位だけでなく無事にゴールできるかどうかも心配になりますよね。
私も親の立場で考えると、息子が世界大会で活躍するのは誇らしい一方、苦しそうに歩く姿を見たら、きっと胸が締め付けられると思います。
川野選手が世界の舞台で何度も挑戦を続けられる背景には、ご家族をはじめ多くの人の支えがあるのでしょう。
川野将虎の名前の由来は戦国武将?父がつけた「将虎」
川野将虎選手の名前を初めて見たとき、「なんだか戦国武将のような名前だな」と感じた方もいるのではないでしょうか。
実は、この名前にはお父さんの思いが込められていました。
「かっこいい名前にしたい」父親の思い
川野選手は1998年10月23日生まれで、寅年です。
2019年の日刊スポーツによると、寅年生まれだったことから、名前に「虎」の字を使うことが決まったそうです。
さらに、上杉謙信がかつて名乗った「長尾景虎」にちなみ、「景虎」も名前の有力候補だったと紹介されています。
最終的に選ばれたのが、「将虎(まさとら)」という名前でした。
お父さんが戦国武将を好んでいたという情報ともつながる、興味深いエピソードですね。
「将」という字には、人を率いるような力強い印象がありますし、「虎」も勇ましさを感じさせます。
個人的にも、将虎という名前はとても印象に残ります。
ただ、名前がかっこいいだけではなく、その名前に負けない実績を残しているのが川野選手のすごいところです。
名前に負けない粘り強さを見せた東京五輪
川野将虎選手の粘り強さが強く印象に残っている大会といえば、2021年に開催された東京オリンピックです。
男子50km競歩に出場した川野選手は、厳しい暑さの中で体調を崩しながらも歩き続けました。
レース中には嘔吐するなど苦しい状態になりましたが、最後まで競技を続け、3時間51分56秒で6位入賞を果たしています。
50kmという距離は、普通に歩くだけでも相当な長さです。
それを世界トップクラスのスピードで進み続けるのですから、体力的にも精神的にも想像を超える負担があるのでしょう。
ゴール後には体調を崩した様子も報じられました。
見ている側としては、無事にゴールしてほしいという気持ちが強くなる場面だったと思います。
そんな厳しい経験を乗り越え、翌2022年には世界陸上で銀メダルを獲得しました。
名前の由来を知ってから活躍を振り返ると、お父さんが込めた思いと、川野選手自身の努力が重なって見えるような気がしますね。
川野将虎と競歩との出会いは「だまされた」?意外な少年時代
今でこそ世界記録保持者の川野将虎選手ですが、実は最初から競歩の才能が注目されていたわけではありません。
むしろ、競歩との出会いは本人にとって予想外の出来事だったそうです。
小学生時代は柔道、中学時代は卓球
川野選手は、小学校2年生から5年生ごろまで柔道を習っていました。
ところが、試合ではなかなか勝てなかったといいます。
中学校では卓球部に所属し、駅伝にも取り組んでいました。
卓球ではシェークハンドのラケットを使っていたことも、過去の新聞記事で紹介されています。
世界的なアスリートというと、幼いころから大会で優勝を重ねていたイメージを持つかもしれません。
しかし、川野選手の少年時代は、必ずしもそうではなかったようです。
柔道や卓球など、いろいろなスポーツに触れながら成長していったことが分かります。
最初から特別な才能を見せていなくても、自分に合った競技に出会うことで人生が大きく変わる。
川野選手の歩みは、そんなことを教えてくれるように感じます。
高校で競歩にエントリーされていた!
川野選手が競歩を始めたのは、静岡県立御殿場南高校に進学してからです。
もともとは駅伝を走りたくて陸上部に入部したそうです。
ところが、競歩を専門とする顧問の先生によって、競歩の大会にエントリーされていたのだとか。
これは旭化成の公式サイトに掲載されている、川野選手本人のQ&Aでも紹介されているエピソードです。
本人が駅伝を目指して入部したのに、気づけば競歩に出場することになっていたというのですから、面白いですよね。
競歩を始めた当初は、決して順調ではありませんでした。
初めてのレースでは、十分な練習期間がないまま出場し、周回遅れになるほど苦戦したと伝えられています。
最初から競歩が得意だったわけではないのです。
それが数年後には日本記録、さらに世界記録を樹立する選手になるのですから、本当に人生は分からないものですね。
もし高校の顧問の先生が競歩を勧めていなかったら、今の川野将虎選手は誕生していなかったかもしれません。
本人の努力はもちろんですが、指導者との出会いも大きな転機だったのでしょう。
東洋大学で50km競歩の日本記録を樹立
高校卒業後、川野選手は東洋大学へ進学しました。
大学でも競歩に打ち込み、着実に実力を伸ばしていきます。
そして2019年10月、大学3年生だった川野選手は、全日本50km競歩高畠大会で3時間36分45秒の日本新記録を樹立しました。
この結果によって、東京オリンピック男子50km競歩の代表に内定します。
大学生でオリンピック代表の座をつかむだけでもすごいことですが、日本記録まで更新してしまうのですから驚きです。
なお、50km競歩はその後、主要国際大会の種目構成から外れましたが、川野選手の3時間36分45秒は日本陸上競技連盟のプロフィールでも日本記録として掲載されています。
競歩を始めた高校時代には苦戦していた選手が、大学3年生で日本の頂点に立ったのです。
ここまで成長できたのは、才能だけではなく、毎日の地道な練習を積み重ねてきたからなのでしょう。
2021年に旭化成へ!世界で戦う競歩選手に
川野選手は東洋大学を卒業後、2021年に旭化成へ入社しました。
旭化成といえば、長距離・マラソンなどで多くの名選手を輩出してきた実業団の名門です。
社会人になった2021年には東京オリンピックで6位入賞。
翌2022年の世界陸上オレゴン大会では、男子35km競歩で銀メダルを獲得しました。
しかも、このレースは優勝したマッシモ・スタノ選手との差がわずか1秒。
世界の頂点が目の前にあったことを考えると、川野選手にとって喜びと悔しさの両方が残るレースだったのではないでしょうか。
2023年の世界陸上ブダペスト大会でも銅メダルを獲得し、2大会連続の表彰台に立ちました。
また、同じ1998年生まれで静岡県にゆかりのある競歩選手として、池田向希選手も知られています。
同世代に世界で活躍する選手がいることは、大きな刺激になりそうですよね。
川野選手はこうして、学生時代の日本記録保持者から、世界のメダリストへと成長していきました。
川野将虎の2024〜2026年最新情報!世界記録を2種目で樹立
ここからは、川野将虎選手の最近の活躍を紹介します。
2024年には35km競歩で世界記録を樹立しましたが、2026年にはさらに大きなニュースが飛び込んできました。
2024年:35km競歩で世界記録!パリ五輪でも入賞
2024年10月27日、川野選手は山形県で開催された全日本35km競歩高畠大会に出場しました。
そこで記録したのが、2時間21分47秒の世界記録です。
日本陸上競技連盟が掲載する公式記録でも、世界記録・アジア記録・日本記録として紹介されています。
長距離の競歩で世界記録を出すというのは、並大抵のことではありません。
35kmもの距離を高いスピードで歩き続けるだけでなく、競歩特有のルールを守り、最後までフォームを維持しなければならないからです。
また、同年8月のパリオリンピックでは、男女混合競歩リレーに出場して8位入賞を果たしました。
東京五輪に続き、2大会連続でオリンピックの入賞を経験したことになります。
競歩の種目構成が変化する中でも、世界の第一線で結果を残し続けているのは本当にすごいことですよね。
2025年:東京世界陸上で脱水症状に苦しみながら18位
2025年9月13日、川野選手は東京で開催された世界陸上の男子35km競歩に出場しました。
自国開催の世界大会ということもあり、メダルへの期待は大きかったと思います。
レース序盤から中盤にかけては、勝木隼人選手らとともに先頭集団で歩き、優勝争いに加わっていました。
ところが、レースが進むにつれて気温が上昇。
川野選手は身体に熱がこもるようになり、次第に体調を崩してしまいました。
日本陸上競技連盟が公開した本人コメントによると、27km付近で嘔吐し、30kmを過ぎると脱水症状によって身体が思うように動かなくなったそうです。
それでも歩みを止めず、2時間37分15秒で18位となりました。
本人は金メダルを狙っていたため、悔しさが残る結果だったと振り返っています。
一時は優勝を狙える位置にいただけに、本人の落胆は相当なものだったでしょう。
ただ、あの厳しい状況で最後まで歩き抜いたことにも、川野選手の強さが表れていると感じます。
勝つために挑戦し、思うような結果にならなくても次の目標へ向かう。
トップアスリートとしての姿勢を、改めて感じさせる大会でした。
2026年10月25日:マラソン競歩で世界記録を樹立!
そして2026年10月25日、川野将虎選手が再び世界を驚かせました。
山形県高畠町で開催された全日本競歩高畠大会の男子マラソン競歩で、2時間55分14秒(速報値)の世界記録を樹立し、優勝したのです。
しかも、川野選手にとってマラソン競歩は初挑戦でした。
2026年から、競歩の国際大会では従来の35kmに代わり、マラソンと同じ42.195kmを歩く新種目が導入されています。
世界陸連は、男子マラソン競歩の初代世界記録として認めるための基準を2時間56分30秒に設定していました。
川野選手はその基準を1分以上上回り、初代世界記録保持者となりました。
レースは雨の中で行われましたが、川野選手は終盤まで先頭集団で勝負を続けました。
そして36km付近からペースを上げ、ライバルたちを引き離してゴール。
2024年に35km競歩で世界記録を樹立した高畠の地で、今度はマラソン競歩の世界記録を生み出したのです。
これは本当にドラマのような展開ですよね。
2025年の東京世界陸上では、脱水症状に苦しみながら18位。
その悔しい経験から約1年後、新たな距離に挑戦して世界記録を樹立したのですから、見事な復活と言えるのではないでしょうか。
もちろん、2026年10月25日時点のタイムは速報値であり、正式記録の確認が必要です。
それでも、世界陸連もこの快挙を報じており、川野選手が新種目の歴史に名前を刻んだことは間違いありません。
マラソン競歩と35km競歩の違いは?
ここで、マラソン競歩と35km競歩の違いについても簡単に説明します。
最も大きな違いは距離です。
従来の35km競歩は35kmを歩く種目でしたが、マラソン競歩は42.195km。
つまり、7.195kmも長くなりました。
競歩には、走ることとは異なる独特のルールがあります。
例えば、選手は歩行中、少なくとも片方の足が地面に接しているように見えなければなりません。
また、前に出した脚は、地面に接した瞬間から身体の真下を通過するまで、膝を伸ばしておく必要があります。
長い距離を速く歩くだけでなく、こうした技術を最後まで維持することが求められるのです。
距離が延びれば、体力配分や給水、レース後半のペース管理もさらに重要になります。
川野選手は50km競歩の経験があり、35km競歩でも世界記録を持っています。
異なる距離で培ってきた経験が、新種目への対応にもつながったのかもしれませんね。
2026年は競歩の普及活動にも参加予定
川野選手は、競技で結果を残すだけでなく、競歩の魅力を広める活動にも関わっています。

東京都は2026年11月7日に、東京2025世界陸上・デフリンピックの1周年記念イベント「RUNS:INTO KK」を開催する予定です。
このイベントには、川野選手や勝木隼人選手らの参加が案内されています。
競歩を初めて体験する方にも、トップアスリートが歩き方を教える企画が予定されています。
川野選手は東京都の発表で、競歩を経験したことがない人にも気軽に参加してほしいという思いを伝えています。
世界記録保持者から直接競歩を教えてもらえる機会なんて、なかなかありませんよね。
競歩はルールが少し難しく感じられる競技ですが、実際に体験することで面白さが伝わる部分も多いと思います。
世界のトップ選手がこうした活動に参加することは、競技の普及にとっても大きな意味があるのではないでしょうか。
※イベントは2026年10月25日時点で開催予定です。出演者や内容は変更される場合があります。
川野将虎の素顔は?勝負飯や趣味も意外!
ここまで川野選手の競技人生や家族について紹介してきましたが、少し気になるのが普段の素顔です。
旭化成の公式サイトには、川野選手が自分の言葉で答えたQ&Aが掲載されています。
大会当日の勝負飯は親子丼!
川野選手によると、大会当日の朝食は親子丼が定番なのだそうです。
そして、試合が終わった後は、ご褒美としてお肉をたくさん食べるのだとか。
世界記録保持者にも、こんな身近な食事の楽しみがあると思うと、なんだか親しみが湧きますよね。
大会当日は緊張感もあるでしょうし、いつも食べているものを選ぶことが安心感につながるのかもしれません。
長い距離を歩き終えた後に食べるお肉は、きっと格別なのでしょう。
子供のころはヨーヨーに夢中だった
川野選手の特技は、なんとヨーヨーです。
小学生のころに夢中になり、食事と睡眠以外の時間は、ほとんどヨーヨーの練習をしていた時期もあったそうです。
これはちょっと意外でした。
でも、好きなことにとことん打ち込む性格は、競歩にも通じるものがあるのかもしれません。
競歩も、フォームを何度も確認しながら、同じ動きを積み重ねる競技です。
ヨーヨーに熱中していた少年が、世界記録を持つ競歩選手になったと考えると、なんだか面白いですよね。
オフの日は意外にもインドア派
普段、何十キロも歩く川野選手ですが、オフの日は基本的にインドア派だそうです。
おいしいものを食べに出かけることも好きだと話しています。
毎日の練習で長い距離を歩いているのですから、休みの日くらいはゆっくりしたくなるのも納得です。
競技中の厳しい表情とは違い、普段は食事や趣味を楽しむ28歳の青年なのですね。
こうした素顔を知ると、これからの大会でもますます応援したくなります。
まとめ
今回は、川野将虎選手の結婚や妻(嫁)、彼女、子供の情報を中心に、父親・母親・弟2人との家族構成や、競歩を始めたきっかけ、2026年の最新情報まで紹介しました。
調査した内容をまとめると、次のようになります。
- 結婚・妻(嫁):2026年10月25日時点で公式発表や信頼できる報道は確認できず、独身かどうかも断定できない。
- 彼女・熱愛:交際相手について確かな公表情報は確認できない。
- 子供:お子さんの有無についても公表情報は確認できない。
- 家族構成:父・母・本人・弟2人の5人家族と紹介されているが、一部の情報は追加確認が必要。
- 父親:公明さん。2019年の新聞報道で自衛官と紹介されている。
- 母親:由加理さんと紹介されているが、職業などの詳しい情報は未確認。
- 兄弟:弟2人も競歩経験者と紹介されているが、氏名や競技歴は一次資料での照合が必要。
- 名前の由来:寅年生まれで「虎」の字が使われ、戦国武将の長尾景虎にちなむ名前も候補だった。
- 競歩との出会い:高校で駅伝を目指して陸上部に入ったところ、顧問の先生によって競歩にエントリーされた。
- 2024年:35km競歩で2時間21分47秒の世界記録を樹立。
- 2025年:東京世界陸上35km競歩で18位。
- 2026年10月25日:マラソン競歩で2時間55分14秒(速報値)の世界記録を樹立し、初代世界記録保持者となった。
川野将虎選手が結婚して妻(嫁)がいるのかについては、現時点では確認できませんでした。
ただ、今回調べてみて強く感じたのは、川野選手の競技人生が決して順風満帆ではなかったということです。
小学生のころは柔道で勝てず、高校で競歩を始めた当初も苦戦。
それでも練習を積み重ね、大学時代に日本記録を樹立し、世界陸上では銀メダルと銅メダルを獲得しました。
そして2025年の東京世界陸上で悔しい思いをした後、2026年には新種目のマラソン競歩で世界記録を樹立。
こうして振り返ると、川野選手の強さは、単に速く歩けることだけではないのだと感じます。
思うようにいかない時期があっても挑戦を続ける姿は、スポーツに詳しくない人にも勇気を与えてくれますよね。
今後は2027年の世界陸上北京大会に向けた活躍にも期待が高まります。
これからも川野将虎選手の挑戦を応援していきたいと思います!


